それは本当に「虐待」ですか?二児の母が突然逮捕・起訴されるまで

「揺さぶられっこ症候群」を問う②
柳原 三佳 プロフィール

「殺人未遂容疑」で突然の逮捕

「なぜ? 私がかわいい我が子を殺す理由が、いったいどこにあるというのでしょう……。2度目の落下事故の翌日(12月19日)に私に事情を聴きに来た児童相談所のY氏から、『医者の言うてることと、お母さんの言うてることは合わへんから、お母さんの言うてることは信用できへんわ』…そう言われたことが、今も強く記憶に残っています」

児童相談所のY氏は、Aくんの多動や落ち着きのなさについて、たびたび親の育て方に問題があると決めつけた発言を繰り返していた。「ネグレクトに原因があるのでは?」という無責任な言葉まで発せられていた。

この時点で、Aくんの先天的な障害が明らかになっていれば、児童相談所の対応は少しは違っていたのだろうか。

 

逮捕後、留置場に勾留された京子さんは、連日、警察の取り調べを受けることとなったが、徹底的に黙秘を貫いた。わが子を殺すために暴力をふるったことは断じてなかったからだ。

京子さんは振り返る。

「取り調べの後、留置場では『被疑者ノート』と筆記用具を渡され、捜査官からどんなことを言われたか、またその時自分はどう思ったか、などを毎日記録しました。あのノートがなかったらどうなっていたかわかりません。本当に心のよりどころになってくれました」

実はこの「被疑者ノート」、偶然にもこの事件を担当することになった秋田真志弁護士が、ともすれば密室の中で理不尽なやり取りになりがちな取り調べの「可視化」を実践するために、14年前に仲間の弁護士とともに作成し、大阪弁護士会での活用を呼び掛けたものであった。

同弁護士会の当番弁護士のツールとして採用された「被疑者ノート」の活用はその後、日弁連でも取り上げられ、全国の弁護士会に配布されるようになったという経緯がある(ノートの書式は日弁連のHPから、現在もダウンロードすることができる)。

京子さんに手渡された「被疑者ノート」には、細かい文字で捜査官の言葉や態度が記されていた。

そこに記録された警察官の言葉や自身の思いの中からいくつか抜粋してみると……。

●9月16日

(京子さんが、弁護士に相談すると告げると……)
「自分がないのか! 自分で決められないのか? 信念があると思ってたのに、見損なった」

●9月18日
「Aくんにはどう説明するんや、もしくは、説明しーひんのか。臭いものには蓋か!」
(この日、京子さんは被疑者ノートに『手錠と腰ひものある体勢のため体の負担はとても大きい。腰が痛い。食欲もなくほとんど食べられない。残金がないため飲み物も、日用品も買えない。辛い。もしかすると、死刑は安楽死ではないか。この世の安楽死かもしれないと思う日々』と書き込んでいる)

●9月24日
「子ども嫌いなん? なんで2人も産んだん? 準備もできてへんのに生まれてきて、ほんま、かわいそうやわ」

●9月26日
「俺が逆の立場やったら、本当にBちゃんのことを思ってるんやったら、本当のこと言うわ。しゃべらんことで真実を闇に葬り去ろうとしてるんか? もし、本当に冤罪で捕まってるのなら、今の状況は特異やし、必死こいて説明するはずや」

●9月27日
「警察はみんな調べてる。ハッタリや思うたら大間違いや! この9か月、あんたは自分の保身ばかり考えてたんやろけど、こちらも9か月、同じ月日が流れていて捜査してるんや」

「反論できるならどうぞ。3分経った、あと2分あげるからどうぞ。自分で墓穴掘ってるって、わからへんのか! 自分の都合悪いから、下向いてんのか!」

捜査官は最初から京子さんが虐待をやったものだと決めつけて取り調べを進めている。連日浴びせられる理不尽な言葉の数々に押しつぶされそうになり、一時はすべて認めてしまった方がどれほど楽かと思ったこともあった。