乳児虐待の疑いで逮捕された母の、悲痛な叫び

「揺さぶられっこ症候群」を問う➀
柳原 三佳 プロフィール

これに異を唱えているのが、秋田弁護士をはじめとする「SBS検証プロジェクト」のメンバーだ。冒頭で紹介したWEBサイトには、そもそもその「定義」に対する疑問について、こう解説されていた。

<(揺さぶられっ子症候群とは)簡単に言うと、赤ちゃんの頭部外表に目立ったケガなどが見られないにもかかわらず、①硬膜下血腫、②網膜出血、③脳浮腫という3つの症状(これは三徴候と呼ばれます)があれば、それは「暴力的な揺さぶり」=虐待によるものだと推測して良いという理論です(ただし、論者によって、そのニュアンスや説明方法は微妙に差があります)。

確かに児童虐待は決して許されません。しかし、三徴候は、本当に「暴力的な揺さぶり」=虐待を裏付ける十分な証拠なのでしょうか。

子供への虐待は、許されざる行為だ。現実に、身体に傷の残るような暴力を受けたり、十分な食事も与えられず放置されるなど、信じがたい虐待事件が数多く発生している。

しかし、外見上、誰が見ても明らかな「虐待」とは違って、目立った外傷はないが脳に異常がみられる場合、その判断は非常に難しいだろう。もしそれが、「虐待」ではなく、不幸な「事故」によるものだとしたら……。

例えば、よちよち歩きの子供がふと目を離したすきに転倒したり、ベッドや縁側から転落して頭を強く打つこと、兄弟で遊んでいるときに予期せぬ事故が起こる場合もあるはずだ。

 

こうした事案が発生したとき、児童相談所や警察、検察は、いったいなにを根拠に、「事故」か、それとも「殺意があった」のかを判別するのだろうか?

振り返れば、自分自身も子育てをする中で、危険なシーンはたびたびあった。子供はある日突然、昨日までできなかったことができるようになるものだ。ふと気づくと、寝返りを打って大移動していたり、椅子やテーブルの上によじ登っていたりして驚くこともたびたびあった。

さまざまなケースを考えているうちに、誰もが虐待を疑われる可能性があるのだと思うと、とてつもない恐ろしさを感じた。

現在、秋田弁護士が刑事弁護に取り組んでいる「揺さぶられっこ症候群」事件のひとつに、2014年に大阪で発生した乳児虐待事件がある。

母親は「生後1か月の長女に“暴力的な揺さぶり”をおこなった」として、殺人未遂で逮捕。その後、傷害の罪で起訴されたが、当初から一貫して無罪を主張、秋田弁護士は「揺さぶらっれこ症候群を根拠としたこの事件は、冤罪の可能性がある」と指摘している。

親子だけの密室で、いったい何が起こったのか……。私は保釈中の母親に話を直接聞くため、大阪へと向かった。

我が子に対する殺人未遂容疑で逮捕

2017年7月某日、刑事裁判の公判後に弁護士事務所で初めて会った井川京子さん(仮名=37)は、清楚で温和なイメージの女性だった。紺色のワンピースに身を包み、長い髪は後ろでひとつにまとめられている。

現在、保釈中の身である彼女の傍らには、夫が寄り添い、5歳になる長男は会議室の中を無邪気にはしゃぎまわりながら、両親の膝の上を行ったり来たりしている。

生後6週間で脳に重い障害を負った長女のBちゃんは、あの日から2年以上経った今も植物状態のまま児童相談所の保護下に置かれ、他県の病院に入院中だ。両親であっても見舞いに行くには児童相談所の付き添いが必要で、担当者との日程調整がなかなかうまくいかないため、会いたくてもすぐには会えない状況が続いているという。

傍からはとても計り知れない、この若い夫婦が抱えるあまりに過酷な現実……。どんな思いで、ここまでの日々を耐え抜いてきたのかと思うと、胸が苦しくなった。

京子さんは公判の直後ということもあって、少し憔悴したような表情を見せながらこう語った。

「突然の逮捕から2年が過ぎました。でも、今もネット上には、私を犯人と断定したような報道がたくさん残っていて、酷い書き込みもされています。知り合いも、誰が見ているかわかりません。だから、人と接するのが怖いんです……」