ノンフィクション作家の石井光太さんが、「ワケあり」の母親たちを密着取材していく本連載。彼女たちが「我が子を育てられない」事情とは?
* 石井光太さん記事バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/kotaishi
――妊娠依存症
正式な言葉ではない。インターネットで検索しても出てこない。
だが、一部の関係者の間で造語として生まれ、つかわれている言葉だ。本連載で何度か紹介した特別養子縁組の支援団体「Babyぽけっと」の奥田佐知子は言う。
「妊娠中や出産の後って、脳内でいろんなホルモンが分泌されて幸せな気持ちになるんです。人によってはそれがたくさん分泌されて、すごい幸福感に浸れる。
さらに、妊娠中や出産直後は、周りの人たちから大切にされますよね。電車で席を譲ってもらったり、『おめでとう』と言ってもらったり。特に特別養子縁組の団体の中では、実母さんは里親さんにすごく感謝されます。
そういうホルモンが及ぼす幸福感や、優しくされる環境に喜びを見出して、育てるつもりもないのに、何度も妊娠する人がいるんです。そういう人のことを、私たちの間では『妊娠依存症』なんて呼んでいます」
特別養子縁組の支援団体だけでなく、乳児院の職員からも似たような話を聞いたことがある。
子供を育てることではなく、妊婦の「特権」を目的として妊娠をする女性がいるという話である。
今回はそういう女性の育児困難事例を見てみたい。
小森唯菜(仮名)は、西日本の小さな町で、養子として生まれ育った。
父親はある新興宗教の支部の代表をしており、母親は専業主婦。家にはいつも信者の人たちが集まっていた。両親は流産をくり返して子供を授かれなかったことから、別の信者の夫婦の間で生まれた唯菜を養子としてもらうことにした。
両親は、唯菜をくれた信者に対する面子もあったのだろう、しつけにはすごく厳しかったという。食事の仕方、衣服の畳み方、言葉遣い、何もかもきちんとするというのが決まりで、少しでもだらしないところがあれば、真冬でも外に立たせた。
ただ、唯菜は生まれつき不器用な性格があった。まじめにやろうとしても、なかなかそれができない。そのため、ほとんど毎日のように叱られ、外に出されていたそうだ。
唯菜は両親の厳しさが嫌でならなかったが、それ以上に苦痛だったのが、学校でのいじめだった。同級生はみな、彼女が養子であることや両親が新興宗教の幹部であることを知っていて、からかってきたのだ。
「おまえの親の宗教って、子供を売り買いしてるんだろ」
「家で悪魔祓いとかやってるんだって」
「信者たちが毒ガスつくってるって本当かよ」
田舎の小さな町であるがゆえに、露骨までに中傷が飛び交っていたのだろう。
唯菜は町での暮らしが嫌でならなかった。高校へ入ってから2回家出をしたが、両方ともすぐに居場所を突き止められて連れ戻された。だが、3回目で思い切って東京まで出たことで親を振り切ることができた。高校はそのまま退学となった。