# 暴力団 # ヤクザ # 山口組

山口組「三国志」生き残りをかけた闘いの行方

ジャーナリスト・溝口敦が読み解く
溝口 敦 プロフィール

崩壊する親分子分関係

内的危機は組織と経済に深く関わっている。ヤクザ、暴力団の組員を長く律してきた盃事による親分―子分関係にガタが来ているのだ。

親分からもらった子分という身分を、親分の許可なく抜け出る行為は、もらった盃を親分に突き返すことと同じとされる。よって「逆盃」と呼ばれてタブーとされているが、今という時代ほど伝統的な「盃事」と、それに伴う「擬制血族関係」が崩れた時代はなかろう。

親分―子分関係は雇用関係ではない。私的関係であり、法は介入できないし、介入しない。しかも親分が子分にこづかいを渡す関係ではなく、稼いだカネを親分に差し出すのは子分の役割である。そうでなくても子分は、日常生活を組のために厳しく律せられて、組のため、組長のため奉仕させられている。

これに対して、親分が子分に提供できるのは、この者はこの組に所属しているという代紋の使用権だけだ。組員が懲役に行った場合、何年後か、あるいは何十年後かに出所した組員を手厚く出迎え、いい待遇を与えるというのが組の最低限の責務とされてきたが、これはほとんど反故にされている。

 

殺傷行為に対する判決は重罰化する一方で、今では無期や懲役25年、30年といった長
期刑がざらに見られる。服役者が命あるうちに出所できたとしても、そのときには迎え入れる組はなく、厚遇する資金の貯えも組のポストもない悲劇が生まれる。

つまり親分は子分に差し出せる物が何もないくせに、子分から奪う一方なのだ。

代表例が月の会費だろう。親分は子分たちが月々納める一人当たり数十万円もの会費を私的経費とすることで、その生活は栄耀栄華を極める。親分の多くはそれを親分という地位に付随する当然の権利と考え、子分により多くのカネを運ばせようとする。

子分にとって盃が課す義務は片務的だから、ヤクザの業界倫理や盃事が崩れるのは時間の問題でしかない。

換言すれば、ヤクザ、暴力団組織そのものが時代に後れて立ち往生している。親分―子分関係はよほどのマゾヒストにしか耐えられないシステムなのだ。組織的な合理性はどこにもない。

殺し合いが起きる

任侠山口組では、暫定的な形ではあるものの、親子盃をせず、組長制を敷かず、中堅組員を横並びにして、単に織田絆誠という代表を置くだけである。しかも月会費はオール10万円以下と定めている。

こうした形が定着するかどうかは別だが、これもヤクザ改革の一部にちがいない。

織田はヤクザ、暴力団が反社会的勢力であることをやめなければ、今の社会的な爪弾きから抜け出せないと考える。そのためには少しでも社会の役に立つ存在でありたい。街の人にたまには感謝される存在になりたい。それが「任侠山口組」という名乗りなのだ。

具体的には街から不良外国人グループを追い出し、高齢者や弱者を騙してカネづるにしない指導を半グレ集団に行う。あるいは海外在住の日本人を内戦やテロから保護する活動なども手がけたい。

任俠といえば、一口に「弱きを助け強きを挫く」存在だろうが、今さらヤクザにそんな行動が取れるのか、疑わしく思う人も少なくないにちがいない。

任俠は浪曲や物語の世界でのヤクザであり、おまけにそれが成立したとしても、個人にであって、組織が任俠風に振る舞うのは難事だろう。警察も、ヤクザが街の治安向上に乗り出せば、紛らわしいことをするな、と迷惑がるかもしれない。

はたして「任俠」が世に受け入れられるか疑問だが、少なくとも従来型の考えないヤクザ、暴力団より、自分たちが世に受け入れられるためにはどうすべきか、ヤクザ当人たちが考えるだけでも前進だろう。

少なくとも任俠を実践するためには、そのヤクザの器量と感性が問われるのだ。カネ儲けや遊蕩し放題のヤクザ、暴力団のトップができることではなく、個人的資質が問われるようになる。

ヤクザ、暴力団が新しい枠組み、規範を求めているのは確かである。それにどこまで応えられるかが、生き残る組織を決めていくのではないか。

つまり山口組は内外ともに危機を迎え、時代の曲がり角にさしかかっているから、三つの山口組の鼎立状態、つまり「山口組三国志」が生まれたとも考えられる。なんらかの新しい方法、システムを手にしなければ、彼らの明日どころか、今日がないのだ。

三つの山口組はそれぞれ暴力団対策法や組織犯罪処罰法の適用を恐れ、中でも「特定抗争指定暴力団」への指定と、トップが「組織的殺人」で逮捕、収監されることを嫌い、銃器を使った相手への攻撃を極力、手控えている。

この点、1984年から89年まで足かけ6年に及んだ「山口組対一和会抗争」とは大きく様相を異にする。山一抗争では双方合わせ死者29人、負傷者66人を出した。

しかし山口組三国志でも山一抗争時の攻撃法が一部だが、再現されている。

2016年5月、神戸山口組の直系池田組の若頭・高木忠が六代目山口組の主力部隊であ
る弘道会系組員・山本英之により射殺された(山本への判決は無期懲役)。

2017年9月には神戸山口組の同じく主力部隊である山健組系組員・黒木こと菱川龍己
が任侠山口組代表・織田絆誠の乗った車に車をぶつけて停止させた上、織田を警衛する組員・楠本勇浩を射殺した。黒木ら襲撃班は楠本の対応に慌て、織田を無傷のまま攻撃を中断して、逃走した。

二つの事件とも組織のトップが必殺を期して決断、指示し、配下の組員を動かした事件のはずだが、一方は成功し、一方は失敗した。襲撃に際して、事件にきびすを接して動く警察の捜査を考慮せざるを得ない状況が続くが、それでもトップが必要と判断すれば、ターゲットに向けて銃弾が発射される。

今後、三国志の最終決着がつくまでの間、何度か同じような殺し合いが発生するにちがいない。当事者がヤクザ、暴力団であるからだ。

(文中敬称略)

みぞぐち・あつし―ノンフィクション作家。ジャーナリスト。1942年、東京都に生まれる。早稲田大学政治経済学部卒業。出版社勤務などを経て、フリーに。常にきわどい問題を扱い続けるハード・ノンフィクションの巨匠。「食肉の帝王」で、第25回講談社ノンフィクション賞を受賞した。
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