日本人2人目の女性宇宙飛行士が力説「今こそ、宇宙ビジネスの好機」
30年の遅れを取り戻すには
NAOKO YAMAZAKI
山崎 直子
2017.11.29 Wed

僕らが目にしたことのない、景色を見た人
空を見上げればいつもあるのに、その目で、その空間を捉えたことがあるのは、日本人では10人強しかいない。合格率数%の選抜試験をくぐり、厳しい訓練を受け、それでもわずか半年にも満たないミッションに人生を賭ける職業──それが宇宙飛行士だ。
山崎直子さんは、日本人女性2人目の宇宙飛行士として、2010年に約15日間かけて宇宙に滞在。地球へ帰還後、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を退職してからは、内閣府宇宙政策委員会の委員として知見を伝えるだけでなく、 女子美術大学の客員教授やYAC(日本宇宙少年団)のアドバイザーなどを務め、あらゆる人々に宇宙との接点をつくっている。
すでに多くのことが、インタビューを通じて彼女の口から語られてきた。だから今回は、その歩みを振り返るよりも、山崎直子さんが見ている「未来」への挑戦について聞きたくなった。話はもっぱら、「今こそ好機」という宇宙ビジネスのことで熱を帯びた。
(取材&文・長谷川賢人/写真・岩本良介)
──日本とは違い、アメリカでは宇宙飛行士の体験を活かして、その後もさまざまな分野で活躍する方がいると聞いたことがあります。山崎さんも体験が仕事につながる機会は多いのではと思いますが。
そうですね。いま、私はフリーランスなので、いろいろと。ただ仕事としては、やっぱり宇宙に関連したことを軸にしたいなと。あとは「楽しそうかどうか」ですね。
今日はここへ来る前、異業種の方々が集まる企業の戦略研究フォーラムで宇宙の話をしてきました。内閣府の宇宙政策委員会では政策的な観点から日本の宇宙開発を考え、それに関連した展開として海外へ同行することもあります。
──宇宙政策委員会では、どのような提言をされていますか。
ロケットや人工衛星の技術開発を進めるのはもちろん大切です。そして、これからはそれらを多くの人に使ってもらうことがより大事だと考えています。たとえば、人工衛星のデータは農業や減災に役立ちます。
だからこそ、まだ宇宙と関わっていない方とのコミュニケーションが大切だとよく話しているんです。私も率先して、そのつなぎ役になろうとしています。たくさんの人に宇宙へ行ってほしいという思いと同時に、宇宙をもっと身近に感じてもらいたいんです。
──そのひとつとして、大学で教鞭を取られてもいる。
ええ、非常勤ですけれど。あとは自分自身も学生をやっています。母校である東京大学の博士課程に入っていて、学生時代からの研究もまた再開できたらいいなと。
──何の研究を?
宇宙工学です。いまは地球の周りにガソリンスタンドのようなものを配置できないかと考えています。ロケットで月や火星に直接向かうのではなく、途中で宇宙船にドッキングして燃料補給ができれば、もっと効率が良くなるのではと……。
──たとえるなら、高速道路のサービスエリアみたいなものですか。
そうです。「交通量」が増えてくると、そうした宇宙サービスも充実していく必要がありますから。現存の国際宇宙ステーションは有人で実験などを行なっていますが、無人のシンプルな燃料補給ステーションなどもあると便利ではないかと。いま、ガソリンスタンドもセルフ式ですものね(笑)。

宇宙について考えるほど「地球」がグローバル化していく?
──今年立ち上がった宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster 2017」の講演で、山崎さんは「世界的に宇宙産業は年間7パーセントの伸びがある」「日本でも宇宙産業市場を2倍にしていく」と宇宙ビジネスの可能性について力説なさっていたのが印象的でした。
立案に携わった内閣府の「宇宙産業ビジョン2030」では、現在1.2兆円ある宇宙産業全体の市場規模を2030年代の早期には倍増させることを目標のひとつに掲げました。
日本政策投資銀行も「宇宙融資額」として3年間で1000億円くらいを用意してくれています。ビジネスコンテストやベンチャー支援だけでなく、一般企業の新規事業においても宇宙を絡めたいと検討した時にサポートできる体制を整えてきています。
──先ほどの「宇宙サービスエリア」も一環といえるのでしょうか。
おっしゃる通りです。これまで「宇宙開発=国策」というイメージがあったかと思いますが、現代では民間企業が独自にロケットをつくり、人工衛星を打ち上げる時代になってきていますから、よりビジネスとして成立する余地があります。
人工衛星もすごく小型化してきているんですよね。日本では東京大学の中須賀真一教授が先駆けられた「10センチ立法、重量1kg以下」というCubeSatの開発が進められていますし、最近ではインドの研究者が4グラムほどの「チップ型人工衛星」を発明しています。まさにコンピューターと同じく「パーソナル人工衛星」が当たり前になるかもしれません。
──4グラム!まとめて飛ばすイメージですか。
ええ。何百機も一緒に宇宙まで運び、そこでバラして活動させるようです。
それからJAXAも公的機関としての姿勢は守りながら、技術やデータ、映像といった資産の活用を推進するように舵を切り、宇宙産業を後押しするスタンスに変革してきています。それらが合わさりつつある今こそ、宇宙ビジネスを考えるのにちょうどよい時期なのだと感じます。
たとえば、金融とテクノロジーが掛け合わさった“Fintech”のように、宇宙をベースにしたサービスをいかにつくっていくかを考えられるフェーズに入ってきたのでしょう。

──“Spacetech”という言葉を聞く日も近い、と。
ただ、人が宇宙をベースに活動するようになっていくと新たに考えないといけないことも増えています。1967年に発効された、いわゆる「宇宙条約」によって月や火星といった天体はどの国も領有しないことが取り決められましたが、状況が変わりました。
「月や小惑星で採掘したレアメタルのような資源は、商用活用していいのか。」「火星で生まれた人の国籍はどうなる?」「そこで一生過ごすとしたら住所はどうなる?」といったように、ビジネスだけでない様々な思考実験もできます。
それらを考えることで、地球上のシステムの見直しにも繋がるでしょうから、すごく面白いことだと思うんですよね。
──税金はどこの基準で、どこへ納めればいいのか、とか。
そうなんです。逆に、そういった突飛なことを考えると「地球のグローバル化」も進むんじゃないでしょうか。
つまり、地球人が宇宙に対応できるようにするには、国際間での税金を協調して考えよう、グローバル企業同士で連携を取ろう、共通の法律をつくったほうがいいのではないか……といったように、それぞれの民族や文化を大切にしつつも、一緒に物事を決めていく必要も出てくるはず。個人的には、将来的に世界連邦に近いような枠組みができたらいいなと思っています。
──すでに電子通貨はかなり近い存在に感じます。国もルールも超えている。
まさに「租税は電子決済をした場所で決めるべきか否か」といった議論が起こっていますね。やはり世の中の枠組みを変えようとすると、どうしても時間がかかる。
でも、何か突飛な一例をつくってしまうと、それに適用するために「変えていかざるを得ない」といった形がありえますから、先行して作ってしまうのもひとつの手かなという気はしています。
そういった意味でも、宇宙は可能性のある、とても面白い実証の場になると思いませんか。

30年遅れた宇宙開発を巻き返せるか
──思考するだけでも胸が高鳴りますが、宇宙ビジネスを考える際に、日本らしい挑戦ができればという企みも湧いてきます。日本の強みは何かあるのでしょうか。
産業化の観点では、アメリカは1980年代に民間企業が宇宙活動に参入できる法制度を整えています。日本はようやく2016年に「宇宙活動法」ができたので、それを考えると30年くらい遅いんですよね。
……とは言いつつも、日本はこれまでに宇宙で幅広く、ユニークな活動をしてきました。特に国際宇宙ステーションでは、科学実験とともに「芸術実験」にも力を入れていました。
たとえば、宇宙では水が丸くなりますが、その中に絵の具を入れると墨絵のような立体の作品が出来上がります。さらに中へウミホタルの発光体を入れ、紫外線を当てると、これがきれいに光るんです。
そういった文化や芸術の観点からのアプローチは、世界的に見てもほぼ日本しか実験していません。最近では人工衛星で撮影した写真をデザインに取り入れた洋服もありましたが、いわゆるコアな宇宙開発以外の、日常生活とつなげていく分野においては、実は日本が先駆けていると感じることも多いです。
──遅れをとった30年分の「やっていないところを攻める」という作戦ですか。
そうですね。もちろん技術的にも展望はあります。小惑星の「はやぶさ」を覚えていますか?
はやぶさは小惑星からサンプルを持ち帰ってきた、世界で初めての技術でした。実はそれがまだ産業にはつながっていないんですけれども、世界的にも「宇宙の資源活用」に注目が集まっています。
これまではレアメタルのような宇宙の資源を使おうと考えると、地上に持ち帰るコストが高く採算が合わないだろうと言われていたんです。それならば、地上へ持ち帰らずに宇宙の資源を宇宙で使って新しいものをつくり、またさらに遠くの宇宙へ行けないか、という構想もあります。
それこそ私が研究しているサービスエリアと同じく、宇宙に製造工場を設ける可能性が出てきているんです。そうすると、宇宙資源探査の技術がビジネスとして生かせてくるんじゃないかなと。ポテンシャルの高さとしては、とても強いものではないでしょうか。
