『陸王』の専務役で存在感 俳優・志賀廣太郎「脇役の流儀」

真面目な小市民を演じたら日本一 
週刊現代 プロフィール

志賀は東京都世田谷区のごく一般的なサラリーマン家庭に育った。

志賀本人が振り返る。

「演技との出会いは幼少時にさかのぼります。幼稚園の園長先生も、小学校で担任だった先生も演劇に造詣の深い方でした。そういった方に出会って、劇に出たことが大きかったのでしょう。世田谷の区立中学校に進学して、演劇部に所属しました。

高校時代に思い描いていた未来像は二つ。一つは演劇の道。もう一つは日本史の教師になること。結局、前者を選びました」

志賀は高校を卒業すると、俳優座の養成所を引き継いだ桐朋学園大学短期大学部芸術科(当時)に入学して演劇を専攻する。ここで、演劇の基礎をみっちりと学んだ。

 

生真面目な大学生

志賀と大学の同期で、舞台監督の桑山正道氏が当時を思い起こす。

「彼は最初から志が高かった。座学の授業では、いつも一番前に座っていた姿が印象的でした。そうした生真面目さが目立って、『ミスター桐朋』とまで称されるようになりました。

当時からいまと同じ雰囲気ですが、私の知るかぎり、恋のウワサも2度ほどあったように記憶しています(笑)」

同じく大学の同期で、志賀とはゼミが一緒だった青年座の女優・杉浦悦子はこう語る。

「第一印象は大人しくて、慎ましい人というイメージです。言ってみれば、若いころも今と同じ印象ですね。役者を目指す学生はどうしても自我が強くなりがちですが、彼は一歩下がって落ちついているように見えました。

舞台のセットを作るときはいつも手伝ってくれ、しかも恩着せがましくない。よく冗談も言っていましたよ。大学では能や狂言の稽古がありましたが、狂言風の言い回しで『暑いか?寒いか?』と扇を振り回しながら女子を追いかけまわしたりしてジャレてくることがありました。そういうお茶目な面もありましたね」

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演劇専攻の学生は、9時から21時くらいまで、講義と実技の授業、芝居の稽古が続く毎日だった。それに耐えられない学生も多く、杉浦によれば同期40人のうち卒業したのは半分ほどだったというが、志賀は黙々と課題をこなしていた。

志賀が大学時代を回想する。

「大学での授業は演技に関する実技のほか、声楽、能狂言、日舞、バレエ、体操……これらを2年間必修で学びました。なかでも印象に残っているのが能の観世銕之丞(8世)先生です。

一見、演劇と関係なさそうな講義も熱心に受けました。話題にできるジャンルは広いほうがいいと思ったので。卒業後は役者の道に進むはずでしたが、素晴らしい先生たちに出会ったことで、演技を教えることに興味を持つようになり、結局、助手として大学に残ることに決めました」