ドラフト1位の元投手が、今だから語る「ドライチ裏工作」秘史

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田崎 健太 プロフィール

スポーツ紙では、ライオンズの1位指名は、プリンスホテルの石井丈裕となっていた。石井はプロ入り拒否を表明していたが、プリンスホテルは西武の系列企業である。ライオンズがプロ入り拒否を言い含めて、抱え込んでいることは間違いなかった。

ところが、ライオンズが指名したのは、NTT四国の渡辺智男だった。渡辺もまた、右ヒジ遊離軟骨除去手術を理由にプロ入りを拒否していた。他球団が二の足を踏む中、〝単独指名〟したのだ。

ロッテオリオンズは日立製作所の右腕投手、酒井勉を1位指名していた。ところが、オリックスブルーウェーブとの競合、くじ引きとなった。外れ籤を引き、〝外れ1位〟として前田を指名した。

ちなみに西武は2位で、石井を指名。渡辺、石井という好投手を競合なしで手に入れた。

 

恐らく――。

根本はこの2人に加えて、同じくプロ入り拒否を表明し他球団を牽制していた前田を獲るつもりだった。渡辺、石井、そして前田のうち、最後まで誰を一位指名するか悩んでいた。前出の報知新聞の中山は、その内情を掴んでいたのだろう。

しかし、前田は根本が手配した大学のセレクションを受けず、〝裏工作〟は不首尾に終わっていた。指名すればプロ入りすると踏んだロッテが、酒井を外した後、前田を1位指名した。

でも、これでよかった

ドラフト会議の後、自宅に戻った前田は怒りを爆発させた。

「ぼくはそれまで親父に逆らったことがなかった。でもその日は、どうなっているんだって、バッチバチでした。親父が西武1位だって言ったから、プロには入らないって言い続けてきたんじゃないかって。親父は何も言えなかった」

ライオンズからプリンスホテル入社という提案もあったが、前田は断った。

「いや、もういい。しょうがないからロッテに入る。他、行けないんだから。ロッテに行こうと。それで速攻、話を進めて3日で仮契約ですよ」

11月26日、前田はオリオンズ入団を発表した。

ただ、この選択が自分にとって正しかったと後に思うようになった。

前田は、オリオンズから中日ドラゴンズ、そして読売ジャイアンツへと移籍している。

「当時のロッテは、ドラフト1位で入っても大きく扱われることはなかった。完封しても、ほんの小さな扱い。もっと大きく書いてくれないかなと思っていました。中日で注目度は上がったものの、地元のマスコミは比較的優しい。ちょっと打たれても、ボロカスに言うのではなく、次は頑張れよという感じで書いてくれた」

しかし、ジャイアンツは全く違っていた。

「ぼくでさえも、いつも(記者やファンから)見られているんじゃないかって、思っていました。打たれると、〝前田、試合ぶちこわし〟と書かれる」

そしてこう付け加える。

「ぼくはジャイアンツからプロになっていたら(プロ野球選手として)19年はやっていなかったでしょうね。あそこは怖いチームです」

前田が、根本ときちんと顔を合わせたのは一度きりだ。

「ドラゴンズで怪我明けのとき、ファームの試合で(ホークスの二軍が使用していた)雁の巣(球場)に行ったんです。バックネット裏の控室に根本さんがいたんです。うわっ、根本さんやと思いましたよ」

根本はライオンズからダイエーホークスに移っていた。

挨拶をしなきゃいけないという関係でもないし、このおっさんに欺されたんやと思いながら離れたところから見てましたよと、前田は笑った。

ドラフト会議が今よりも激しく、華やかだった時代の話である――。

                               (文中敬称略)