# 北朝鮮 # インテリジェンス

北朝鮮が使う「スパイ術」で、日本の警察組織をかく乱した主婦がいた

私が出会った北朝鮮工作員たち 第5回
竹内 明 プロフィール

宝石を売るやり手セールスマン

しかしその後、戸籍だけが動いていたことは誰も知らなかった。

失踪から4年後の1969年、黒羽一郎は新宿区高田馬場に分籍、新宿区戸塚町に住所を移転したのである。

その6年後の1975年、一郎は、東京新宿出身で6歳年下の大村日出子と結婚、中野区に分譲マンションを購入して転居している。

さらに1985年には、練馬区にタイル張りの外壁を持つ瀟洒なマンションの9階の部屋を購入、再び転居した。

 

ソトイチの特命班は「黒羽一郎」の足跡を丹念に追っていった。すると黒羽が失踪翌年の1966年冬、東京赤坂に姿を現していたことがわかった。

彼は赤坂の宝石会社に勤務し、真珠のセールスマンとして活動を開始していたのである。得意先は各国の大使館員で、英語、ロシア語、スペイン語と複数の言語を操るやり手セールスマンとして活躍したのだという。

その人物像は、歯科技工士として働いていた頃の一郎の姿とは、まったく重ならないものになっていた。

その後、一郎はさらに奇妙な活動を開始した。海外に長期滞在していた危機管理会社の社長の留守宅の管理人となり、敷地内に無断でプレハブ小屋を建築。「黒羽製作所」なる看板を掲げて、パチンコ機械の製造を始めたのである。

社長が帰国したあとも、家賃を滞納したまま居座り続けた一郎は、社長から立ち退き訴訟も起こされていた。

ソトイチは、一郎を直接知る数少ない人物である、この危機管理会社社長を事情聴取した。すると、この社長がかつて関東軍情報部で対ソ連電波傍受を担当していたことが判明した。

また、中野のマンションの近所の住人は、特命の聞き込みに対して、一郎が「いつも海外旅行をして、大型車を乗り回していた」と証言した。

判明した「背乗り」

ここまでの外形的な事実を見ると、一郎は35歳まで歯科技工士として贅沢もせず、寡黙に働いていたが、妻を捨てて突然上京。複数の語学を短期間に習得してセールスマンとして活躍、あらたに東京出身の妻を娶り、都内にマンションを購入できるまでになっていたことになる。

だが捜査員たちがその激変の本当の意味を確信したのは、「黒羽一郎」が1992年6月29日に在オーストリア日本大使館で、旅券の更新手続きをした際に提出した顔写真を見たときだったという。

それは、歴戦のスパイハンターたちも息を飲む驚きだった。写真にうつっていたのは、線が細く弱々しい印象だった福島時代の一郎とはまったく違う、たくましい顎をした体格のよさそうな男だったのだ。整形手術をしても不可能なほど、骨格からしてすべてが違う、別人の顔だった。

このとき、捜査員たちの脳裡にはじめて、「背乗り」という手口が浮かんだのだという。対ロシアを担当するソトイチの捜査員たちが驚いたのは、日本人への背乗りは、顔が似ている北朝鮮の工作員が日本国内で使う手法だと考えていたからでもあった。まさか、ロシアのスパイが日本で使うとは考えてもいなかったのだ。

「黒羽一郎は朝鮮系ロシア人の『イリーガル』である」

ソトイチはこう結論づけた。「イリーガル」とは、諜報対象国の国民に背乗りして諜報活動を行う非合法工作員のことである。

「ラインN」を追え

実は、黒羽一郎が「山登りに行く」と言い残して行方不明になった2ヵ月後、ある男が在日ソ連大使館に三等書記官として赴任していた。

V・P・ウドヴィン。KGBの機関員だ。

ウドヴィンは、その後も対日諜報のベテランとしてたびたび東京に赴任。そのたびにソトイチによって不審行動が記録されていた。

たとえば、1965年8月から1970年12月まで三等書記官として駐在した際には、ソトイチが追尾している中で、深夜の郊外の住宅街をあてもなく歩いたことが記録されている。この最初の駐在が、黒羽一郎失踪直後の時期に当たる。

1977年4月から1981年10月までの2度目の駐在時にも、やはり人気のない神社仏閣を徘徊するという謎の行動が確認された。

いずれもエージェントと接触する際の動きと考えられたが、決定的な証拠は見つからず、ウドヴィンは尻尾を出さない。札付きの男として捜査員たちの間で知られるようになっていた。

黒羽一郎事件とウドヴィンの接点が明らかになったのは、1993年10月1日からウドヴィンが一等書記官として3度目の東京の地を踏み、駐在していたときだった。すでに冷戦体制は崩壊し、KGB第一総局が分離独立し、SVRと名前を変えたあとのことだった。

CIAの情報を得たソトイチの捜査員が、「黒羽一郎」と名乗っていた男の妻・日出子の視察中に、ウドヴィンの姿を目撃したのである。ウドヴィンは練馬区のマンションの周りを車で行き来していた。

これは何を意味するのか――。

他人に背乗りしたイリーガルが、単独で行動するのはリスクが大きい。その安全管理を担うのが、外交特権で守られた大使館所属のSVR(KGB)機関員=「レジデント」である。

ロシアの場合、大使館に置かれた支局は、大きく4つの班に分かれているとされる。

ラインPR:政治情報収集
ラインX:科学技術情報収集
ラインKR:防諜業務
ラインN:イリーガル支援

この中の「ラインN」の機関員が、イリーガルのリスクを徹底的に排除し、連絡を担当し、サポートを行う。日本警察に監視されていないか、イリーガルの周囲を点検・警戒するのも彼らの役目なのだ。

つまり、ウドヴィンはラインNの機関員として、「黒羽一郎」の妻・日出子を監視する者がいないか周囲を点検していたのである。

ソトイチがウドヴィンに気づいたように、ウドヴィンもソトイチの監視をつかんだのだろう。「黒羽一郎」が先手を打ってきた。1997年6月、ロシアの在サンクトペテルブルク日本総領事館に「黒羽一郎」を名乗る人物が姿を現し、旅券を再更新したのだ。