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小池百合子の「排除」がなければ、立憲民主党もなかったという逆説

あなたを駆動する「物語」について⑥
赤坂 真理 プロフィール

政治は物語でできている

「排除」は、メディアがそこを切り取って小池百合子発の言葉とし、彼女の酷薄さを「証明」して、吊るし上げるために使った言葉だとわたしは理解している。

彼女の足を引っ張りたい層は相当に存在していて、ここぞと総攻撃に転じた。その、誰が申し合わせるでもない「連携」には、ある意味感服してしまう。それにこそ、本当に絶望したくもなってしまう。前原誠司の考えが(も)甘いだろうと言ったメディアはほとんどなかった。

しかしそれが動かしたのは、前原と立場を異にする民主党のナンバー2、枝野幸男だった。

前に書いたように、「排除」は、言われた者が身の危険を感じる言葉だ。

いちばん想起される例は「異分子排除」。

存在を消される危機を感じた者こそは、自らの拠って立つ物語を語らなければならない。

でなければ、ただ消えてゆくだけかもしれないからだ。

その物語こそが、人の心を動かした。

立憲民主党が、20日ほどの選挙期間で野党第一党になったのは、そういうことだろうと思う。

〔PHOTO〕iStock

政治に言われる「数」。

「数」というのも、これまで信じられてきたような派閥のかけひきの産物ではなく、「誰の物語に最も吸引力があるか」が問題となる。

それが、まるで初めてのように、思い出された、選挙だった。

そこを日本の政治家はあまりに無視しすぎてきた。「民主主義」が入ってきた1945年からの時間の中で。従属と裏腹のラッキーの中で。

政治は言葉でできている。

政治は物語でできている。

その意味で言えば、他人の使った「不適当な」(どちらが使うにしても、「排除」という言葉はあの状況には合っていない)言葉を、不適当なまま、そのまま使った小池百合子もうかつなのだ。

わたしの記憶のなかで、枝野幸男は、初めて、自らがどんな考えで、どのように立っているか、民主主義、立憲主義とはなんであるかを説明し、政治の決定には「あなたにも責任がある」と言い、「これは、『あなたの』政治だ=それが『民が主』の民主主義だ(大意)」と語り、だから「私たち」としてがんばろう、と言った。

当事者性こそが、民が主であることだと。

そのように語った政治家は、初めてだった。はしばしに詰めの甘いところはあっても、わたしの記憶の限り、初めてだった。

もし、彼が「排除」されなかったとしたら、この物語は、駆動されなかっただろう。

(第7回はこちら

作家・赤坂真理さんの連載「あなたを駆動する『物語』について」バックナンバーはこちら → http://gendai.ismedia.jp/list/author/mariakasaka
愛と暴力の戦後とその後あの敗戦、天皇、アメリカ、憲法、安保闘争、バブル、オウム事件、そして3.11……この国の現代史を理解するための、はじめの一冊!『東京プリズン』の作家が、私たちが「消してきた記憶」をつむぐ。