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ドゥテルテ大統領と直接話して感じた「薬物戦争のこれから」

真の友好関係を築くということ

台風一過とドゥテルテ大統領来日

東京を季節外れの台風が過ぎ去った直後10月30日未明、まだ吹き返しの風雨も収まらぬ中、まさに嵐とともに、フィリピンのドゥテルテ大統領が来日した。

ドゥテルテ大統領の来日は、就任以来2度目、前回はほぼ1年前だった。

実は、今年6月にも来日が予定されていたが、直前に南部ミンダナオ島で、イスラム国系のテログループによる騒乱が勃発し、政府は戒厳令を出す事態となった。このため、来日は中止となり、大統領はその鎮圧に追われたのである。

当初「数日で片が付く」との見通しを表明していた大統領だったが、戦闘は市街戦の様相を呈するほどに拡大し、ようやく5ヵ月後の10月23日になって、政府が鎮圧を宣言した。

この間、アメリカ軍の支援を受け、どうにかここまで漕ぎ着けたものの、長引く戦闘で市街は荒廃し、報道によれば、市民47名、兵士・警察官165名、戦闘員を含めると1000名以上の犠牲者が出たという。また、復興予算は数百億円規模になると試算されている。

フィリピン政府がテロリスト制圧を発表したちょうどこの日も、東京には季節外れの猛烈な台風が襲来していた。

この日、私はフィリピンの薬物問題への支援プロジェクトのためにフィリピンに出張予定で、飛行機が飛ぶかどうか危ぶまれたが、どうにか羽田発マニラ行きの便は時間通りに飛び立った。

「武装勢力鎮圧」の報を聞いたのは、その日マニラに着いてからだった。そして、待ち構えていたかのように、その直後、ドゥテルテ大統領訪日のニュースも流れた。

 

「薬物戦争」対策の行き詰まり

今回の大統領の来日は、30日に到着し31日には帰国という駆け足であったが、まさにここしかないという両国の外交日程の隙間を狙ったタイミングであったといえる。

総選挙で安倍自民党が大勝した直後であり、アメリカのトランプ大統領来日の直前。そして、2週間後には、フィリピンが今年の議長国であり、ドゥテルテ大統領が議長を務めるASEAN首脳会議が控えている。

しかし、テロリスト制圧宣言を出した直後に、こんなに慌てて針の穴でも通るようなスケジュールで来日する必要はあったのだろうか。

考えてみれば、安倍総理は、11月10日からのASEAN首脳会議に出席のため、フィリピンを訪問することになっている。

日比首脳会談は無理をしないでも、そのタイミングで実現可能である。ましてや、大統領自身、ホスト国としての準備が大変なときに、その準備を一旦置いてまで来日した意図とは何なのだろうか。

私は外交問題の専門家ではないので、素人の推測でしかないが、1つは「お土産」への期待であろう。

今回の日比首脳会談で、首相は5年間で1兆円規模の官民での支援を表明した。荒廃した戦闘地域の復興も、今後大きな問題となる。

日本側としては、南シナ海での中国の海洋進出を食い止めるためのフィリピンの役割にも大きく期待するところである。さらに、対北朝鮮問題での連携も取り付けた。

もう1つは、ドゥテルテ大統領の日本重視姿勢の表れなのだろう。予定を大幅に超過した首脳会談の後の会見では、大統領は「戦略的パートナーシップの黄金時代を築いていく」と述べた。

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さらには、大統領の政策の1丁目1番地である薬物対策が、イスラム国残党との戦闘という思わぬ事態のせいで思うように進まず、大統領自身行き詰まりを感じていると現地紙は報じている。

例えば、「薬物戦争」での「超法規的処刑」に対して、国内からも行き過ぎであるとの批判の声が出るようになっている。

薬物とは無関係の高校生が殺害されたことで批判は一気に高まり、やむなく警察を薬物対策から外して薬物取締局の専管とするなど、大きな方向転換を強いられている。今のところ、日本はこの問題に対して、最大限の支援を申し出ている。