いまこそ、平成ニッポンのタブーを語ろう

森達也×武田砂鉄『FAKEな平成史』
武田 砂鉄, 森 達也 プロフィール

世論調査はなぜ増えているのか

武田: そういえば、少し前に「週刊金曜日」で「松本人志と共謀罪」という特集が組まれました。松本人志は今「ワイドナショー」という番組のMCを務めていて、政権寄りの発言を繰り返しています。

安保法制に反対する高校生たちのデモの様子に「(反対している人は)単純に人の言ったことに反対しているだけであって、対案が全然見えてこない」と言い、共謀罪について「僕はもう、正直言うと、いいんじゃないかなと思っている」と賛成の姿勢を示し、「(共謀罪によって)冤罪も多少はそういうことがあるのかもしれないですけど……」と冤罪の発生を半ば容認した。多少の冤罪があってもいい、には愕然としました。それらの言動に突っ込んだ特集です。

森: ありましたね。

武田: その中で、元・吉本興業幹部で竹中功さんという、35年前に芸人養成学校に応募してきたダウンタウンを初めて面接し、以降、長年付き合ってきた方がインタビューに答えています。「ワイドナショー」に安倍晋三が出演した時に、松本人志が首相を起立して出迎え、そして見送ったことに、「僕はショックでした」と語っています。

2025年大阪万博の誘致アドバイザーをダウンタウンが務め、松井一郎大阪府知事や、二階俊博自民党幹事長と並んで発足式に臨んでいます。為政者であろうが誰であろうが、どんな相手であっても茶化しつつ笑いに変えてきた人たちが、むしろ従順の見本になっている。竹中さんは「松本のような、緻密なことをずっと考えてきた男」と称した上で、その現在について、懸念を表明されていた。

森: この国では皆が自由だし、政権寄りの芸人がいてもいいと思う。もちろん、政権を批判する芸人がいてもいい。しかし今は、批判すると視聴者からの抗議で仕事がなくなってしまう。松尾貴史さんくらいじゃないかな、明確な言葉遣いで批判しているのは。

その松尾さんも、竹中さんと同じように言っているけれど、「僕たち芸人は本来、権力を茶化したり批判したりするものだ」と。それがどんな権力であろうと、自民党であろうと民主党であろうと、共産党だって、権力を批判しなければいけない。なんでそれができなくなってしまったのか。

 

武田: テレビやエンタメ業界のトップの人達がこういう振る舞いだと、これからその世界で活躍したいと入ってくる人たちは、あらかじめその「空気」を察知し、その作法を得てから登場するわけです。自分が芸能界で生き長らえるためにはどうするべきか、これはしていけないことだと把握する。私、従順ですので、と宣言して入ってくる。

森: また森が同じことを言っている、と思われるかもしれないけど、やはり「集団化」が起きている。全体で一緒に同じ動きをしたいという気持ちが強くなっている。その動きに乗り遅れたら排除される、ネットで叩かれてしまう。要するに、つねに回りを気にしながら、同じ動きをしなければいけない。がんじがらめになって、ゆとりがどんどんなくなっていく。

たとえば、それは世論調査の数にも現れています。安倍政権の支持率、選挙でも政党の支持率がさかんに報道されました。でも、思い出してください。十数年前には、世論調査をこんなにやっていなかったですよ。

武田: たしかに選挙前になれば、毎週のように知らされている気がします。

森: いま、とても世論調査の回数が多い。なぜ多いかと言えば、読者や視聴者が求めるから。回りの動きをみんなが気にしている。たとえば自分が立憲民主党を支持しているけど、まわりはどうなのか。昔であれば、まわりは関係なく、自分の考えで投票していた。しかし、いまは回りが気になって仕方がない、そんな動きが加速しているからこそ、世論調査がこれだけ行われている。「マジョリティはこうなのか」――それを知って、安心する。

武田: 神戸大学の小笠原博毅さんが編者となり、『反東京オリンピック宣言』という興味深い本を作っています。誘致の際の買収疑惑すら放置されている現状ですが、この本のなかで、東京五輪をなんだかんだで「成功」という言葉でまとめさせるのは、「困難を乗り越えて頑張れ」派でも「手放し礼賛」派でもなく「どうせやるなら派」という人たちだ、と書いている。

つまり、「オリンピックってやる必要ないよね」「しかも何か怪しい事ばっかりやってんじゃん」と最初は思っていたけど、所属するコミュニティの中などで「オリンピック、やっぱりやったほうがいいよ」と何となく方向が定まってきた時に、「うんうん、どうせやるならしょうがない」と勝手に譲歩してしまう。

「もう間近だし」「せっかくやるんだから」「いつまでも文句言ってないでさ」と、諸問題が一掃されていく。この一掃って、五輪に限らず全ての問題に言えることだと思います。

森: なるほど、「どうせやるなら派」…これも自発的な隷従ですね。人間は「馴致能力」が高い動物です。馴致とはつまり慣れる、適応するということ。アマゾンのジャングルでも砂漠地帯でも極北でも、その環境に自分を合わせて暮らしていく。人類は馴致能力が強いから、これほど繁栄できたんです。

それは言い換えれば、今の状況に自分をカスタマイズしてしまうこと。最初は世の中に違和感があっても、それではやっていけないから、自分を合わせていく。こうしていつのまにか前提が作られる。それが積み重なったのが、今の日本なのかもしれない。自分が何を考えているか、ではなく、社会が作り上げたようにみえるものに依存している。

平成が終わろうとするなかで、メディアをはじめ、社会はもう大きく良い方向には変わっていかない。平成という一つの時代を振り返った今、そう感じています。僕が見たところ、どうあがいても、この状況が加速するだけ。ドラスティックな変化は、もう起きないんじゃないのかな。あんまり、楽しい話じゃないですけど。

(構成/伊藤達也)