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アメリカの保守vs反動
池田 純一 プロフィール

この本の冒頭で著者自ら説明を加えているように、世に「革命」や「革命家」を扱う本にはこと欠かないが、しかし、「反動」や「反動家」となるとそれを主題とした本は途端に少なくなる。ほとんど見かけることはない。

この本は、そんなニッチな分野であることを予め伝えた上で、革命家ならぬ反動家たちの精神構造や思想を扱ったものだ。

保守と反動のちがい

リラによれば、反動家の駆動力は「闘争的ノスタルジア」にある。

現代に絶望するだけでなく未来にも絶望する彼らの視線が向かう理想は過去にある。そのため、現在に絶望しているにもかかわらず、過去は未来と違って確定していたものとして「確実」なものであるからなのか、一見すると不思議なほど奇妙な明るさと熱意を伴う傾向があるという。

マーク・リラは、現在はニューヨークにあるコロンビア大学の教授であり、この本に収録された論考が最初に掲載されたのが、リベラル系の批評誌で知られる“The New York Review of Books”であることからもわかるように、現在の彼の立ち位置はリベラルにある。

だがもともとは、ハーバードのケネディスクールを卒業後、“Public Interest”という雑誌の編集に携わっていた。1965年の創刊にダニエル・ベルも関わった“Public Interest”は2005年に幕を閉じたが、最後の頃は、ジョージ・W・ブッシュ政権を支えたいわゆる「ネオコン(新保守主義)」の中心となる雑誌の一つでもあった。

その意味で、リラは、「保守の精神」と「反動の精神(=難破する精神)」の境界を見極めるための経験と資格を持ち合わせた稀有な人物といえる。

彼によれば、保守の精神にしても、反動の精神にしても、ともに啓蒙思想に端を発した進歩主義への対抗として生じたものであるため、進歩主義のような、「人類は進歩する」、「進歩=前進するために科学技術を活用し、合理主義を掲げる」といったわかりやすい説明に帰着させることができない。ともにそうした、単線的な(=単純な)進歩主義に対する懐疑から生まれているからだ。

それでもこのリラの著作を見ると、「保守の精神」においては、保守主義の創始者と言われるエドマンド・バークがそうであったように、近代化そのものは否定されず、常に過去を振り返りながら現在を生き未来を築こうとする志向があることがわかる。それに対して「反動の精神」は、「進歩の精神」の鏡像のような存在であることも。

進歩の精神が未来に圧倒的な希望を夢見るのに対して、反動の精神は、黄金時代たる過去に絶対的な安堵を得る。

そのため、反動の精神においては、近代化そのものが否定され、近代以前、すなわち中世の時代に戻ろうということになる。

 

なぜ中世にまで遡るのか

正直なところ、このような説明は、昨年のアメリカ大統領選の頃にも聞かれたものであったが、今ひとつピンとこなかった。

昔はよかったなぁ、という意味でノスタルジアが生まれるのは不況期であればもちろんわかるのだが、でも、だからといって、なぜ中世にまで遡らなければならないのか。

だが、その理由はリラ本を読むとなんとなく見えてくる。それは、「反動の精神」とは、要するに「没落以前の西洋=ヨーロッパ」に戻ろうとするものであり、ではその「没落以前のヨーロッパ」とは何か、というと端的に「カトリック教会が人びとを(精神的に)治めていたヨーロッパ」のことだからだ。

つまり、反動の精神の下では、ヨーロッパの没落とは、近代化がもたらした悲劇であり、ではその近代化をもたらしたのは何かといえば、18世紀の啓蒙思想となる。さらにその啓蒙思想の発端となったのが16世紀の宗教改革であった、という流れだ。

要するに、宗教改革によってプロテスタントが登場し、神と人間が、教会ではなく聖書を通じて直接つながるようになったところから、それまでカトリック教会の下で調和を保ってきた社会秩序が崩れ、世の中はおかしくなってしまった。こう捉える。