「ネット左翼」の暴走で、日本のリベラルが消滅する日

【緊急対談】この国の政治のゆくえ
古谷 経衡, 辻田 真佐憲 プロフィール

日本は「物語」を再発見できるか

辻田:それを言うと、特に団塊の世代には「もうみんなで貧乏になればいいじゃないか」というような「清貧の美学」を説く識者もいますよね。それとの距離感が難しくなってきませんか。

古谷:そこまでの極論を言いたいわけではないんですが、まず今の状況が「どん底」なはずがないと思うんですよね。これからもっと大変な時代が来るはずだけれども、じゃあいつがその時代なのかということは、例えば100年後に振り返ってようやくわかることじゃないですか。

ローマ帝国でも何帝国でもいいですけれど、やっぱりその時代なりに頑張ったと思うんですよ。でも結局は衰退してしまった。神聖ローマ帝国もオスマン帝国も、現代人は「何もしないで滅びるのを待ってたの?」と思ってしまいますが、きっと国民はこういう話をしてたはずなんですよ。それでも、抗えなかった。

ただ、日本という国が滅びると日本人も滅びるとか、「国家なくして個人なし」というような意見は私は大嫌いで。国が衰退することはしょうがないけれども、日本人それぞれが幸せに生きていく術はあるだろう、という考え方に持っていくしかないんじゃないかな、と思うんですよね。

こういうことを言うと、必ず「お前は日本がどうなってもいいのか」と言われるんですが、そういうわけではないんです。しかし、「憲法変えれば国栄える」みたいな、短絡的なことはあり得ない。「衰えゆく日本」という前提を右も左も共有した上で、「下り坂の傾斜角を緩やかにする方法」を考えないといけないんですが、なかなか直視できないんですよね。

 

辻田:トランプ大統領を引き合いに出すまでもなく、こうした困難は世界中で起きていますね。移民をめぐる問題もそうです。結局、今までそれなりにうまくいっていた中間層の人たちが、没落に耐えられなくなる。

日本でも今、アベノミクスで実際に若者の就職がよくなったり、株を持っている人は利益を得たりして、ぼんやりと「何とかなるんじゃないか」という気持ちになっている状況でしょう。しかし、この状況が終わった後のことを考えると、今よりもっと極端な排外思想のようなものが生まれてくるのではないか。

それを防ぐには、古谷さんがおっしゃるような「滅びの美学」は広範には受け入れられづらいので、やはりある種の「物語」が求められるようにも思うんです。

古谷:物語というと、「日本はまだ復活できる」というようなものですか。

辻田:近年流行っている「日本スゴイ」「日本は世界から尊敬されている」というのは、ある種のポジティブな物語として支持されているわけですよね。しかし、仮に対抗軸として「滅びの美学」というネガティブな物語を「日本スゴイ」とぶつけてしまうと、「日本スゴイ」が必ず勝ってしまう。しかも、「滅びの美学」に共感しやすいリベラル派の人は基本的にアベノミクスには反対なわけです。その辺の折り合いをどうつければいいのか。

古谷:たしかに、「滅びの美学」を語る論者はえてして「アベノミクスはアホノミクス」なんて言っている。私はアベノミクスの量的緩和には賛成です。量的緩和は完全に弱者救済政策であって、本来はリベラル陣営が支持するべきものだと思います。昨今のリベラルのアベノミクス批判は奇妙ですよ。

個人的には、経済政策の面で、安倍政権はうまくすれば後々「中興の祖」と言われるのではないかと思っています。衰えゆく日本の中間地点である程度踏ん張った、という位置づけですね。ただ、どんな国家も成長期と衰退期を繰り返していく。近代日本国家が明治から始まったとすると、来年でちょうど150年です。ひとつの王朝、国家というものが寿命を迎えるだけの年月が経ったんじゃないでしょうか。

衰退の角度を緩やかにするために、アベノミクスは継続すべきと思いますが、一方で多くの日本人は、それだけで万事解決とも思ってはいないでしょう。

辻田:左右それぞれの陣営に分かれて、全否定の罵り合いをエスカレートさせるのではなく、ソフトランディングの方策を考えなければなりませんね。