関東人が知らない「大阪ハロウィン」〜渋谷とはココが決定的に違う

民俗学者が歩く、大阪の夜
畑中 章宏 プロフィール

ハロウィンは「祭」か「祭礼」か?

民俗学者の柳田国男は、日本人にとっての「祭」の変化を次のように指摘した。

「日本の祭りで重要な変わり目の一つは見物と称する群の発生である。信仰を共にせざる人々、言わばただ審美的立場から、この行事を観望する者が現れたのである」(『日本の祭』)。

共同体の内部で、神との交流を行うことが主眼であった「祭」が、外部の視線を意識することにより、「祭礼」と呼ぶものに変化したというのである。

東京渋谷のハロウィンでは、仮装して移動することのもつ快楽を強く感じたものである。

一方、大阪戎橋のハロウィンは、整然とした区画のせいもあって、訪日外国人の眼をたぶんに意識した仮装であり、USJでは仮装を見ることが目的化しているようだった。

つまり東京のハロウィンには「祭」の性格が少しはとどめられているのに対し、大阪のハロウィンは、「祭礼」と化しているといえるかもしれない。

 

最後に、戎橋についていえば、明治維新前夜の1867年(慶応3)、大阪城で外国使節を歓待するために、外国人を蔑んだ意味をもつ「戎」を排除し「永成橋」と改めた歴史がある。

しかし、お仕着せの橋の名に人々はなじまず、1870年(明治3)には「戎橋」の名が復活し、現在に至っている。大阪では時を超えて、外国人によって成り立つハロウィンが生み出されていたのである。