# 日本文化

なぜハロウィンは日本でこれほど大ブームになったのか

転機は2009年、その時何が?
堀井 憲一郎 プロフィール

ハロウィンはべつだんカップルでなくても参加できるイベントである。

入れ替わったわけではない。補完しているだけである。「ハロウィンによるクリスマス脱落人類補完計画」なのだ。

どちらも異国の祭りだからだろう。

クリスマスは、戦前1928年から1936年(昭和3年から昭和11年)の日本でも、大騒ぎしていた。

1936年のクリスマスシーズンに詩人の萩原朔太郎が「クリスマスの悲哀」という一文を東京朝日新聞に寄せている。彼はかつて、この騒ぎを毛嫌いし、百貨店の前で「このタワケモノメら!」と怒鳴ったことがあるそうで、ほとんど危ない人ですが、その後、この「クリスマスの祭り」を認めたほうがいいと考えるようになっている。その心情を記している。

都市のサラリーマンには祭りがないのだ、と朔太郎はいう。むかしは、神田祭などが江戸の民の自分たちの祭りだったのだが、それは土地に生まれ育った者たちのものでしかない。明治末年以降、都市への流入者が莫大な数となり、土俗的祝祭と無縁の住民が増えた。

その流入民の祭りとして、輸入文化であるクリスマスで騒ぐことに意味がある、というのだ。

とても鋭い昭和11年の指摘だとおもう。

東京なり横浜なり大阪なりの都市部に人生の途中から移り住み、そこで後半生を過ごす人たちにも「祭り」は必要である。でも地生えの人間でないから、土地の祭りには参加しにくい。

だから土俗性がまったくない〝外来の祭り〟に都市生活者が乗っかった。

軽い。でもその軽さが、故郷を離れた都市生活者にとって必要だったのだろう。

明治末年から、クリスマスがそれを一手に引き受けていた。

ただ、ここ20年で「ロマンチックに過ごそう」という不思議な祭りとなってしまったので、その受け皿としてハロウィンが出てきたのではないか。

外来の祭りだから気楽だというところがいい。伝統やしきたりやタブーがない。

日本のクリスマス騒ぎは、すでに100年以上の伝統がある。でも誰もその伝統は気にしていない。そこがいい。

ハロウィンはその都市民の祭りを補完している。

土俗祭りを持たない民の気軽な祭り」として残り続けていくのがいいとおもう。目立たないかぎり、そんなに叩かれることはない(目立つと叩かれます。ゴミはみんな持ち帰りましょう)。

愛と狂瀾のメリークリスマスなぜ日本人は、キリスト教信者でもないのに、クリスマスであんなに大騒ぎするんだろう? 目からウロコの日本史謎解き!