# 日本文化

なぜハロウィンは日本でこれほど大ブームになったのか

転機は2009年、その時何が?
堀井 憲一郎 プロフィール

ディズニーパークには、ディズニーランドとディズニーシーという2つのパークがある。ランドはアメリカ世界そのものであるが、シーの入り口はヨーロッパを模している。入ったところから火山にかけては「イタリア」をイメージしたエリアであり、入場者はここを通らないと奥へ進めない。

ディズニーランドではしきりにハロウィンイベントを行っているのに、ディズニーシーは2001年の開園以来、ハロウィンを行っていなかった。アメリカではないからだ。なんだか律儀だなとおもっていた。

ディズニーシーにも一部に「アメリカエリア」があり、2008年にこのエリア限定でハロウィンの飾り付けがおこなわれた。

この「アメリカエリア(アメリカンウオーターフロント)」だけハロウィン飾りをして、ヨーロッパエリアやジャングルエリア、アラビアエリアなどでは(人魚エリアや、ネモ船長の秘密基地エリア、発見の港エリアも含め)おこなわないという徹底ぶりに、感心した。ハロウィンはアメリカのものでしかないというのも、この2008年のディズニーシーであらためて実感した。

ただしそれは2008年だけだった。

2009年から全エリアで「ディズニーシーのハロウィン」が開催され、大人気となった。シーの入場者数がランドと拮抗するようになったのは、ハロウィンを開催してからだとおもう(私個人の分析)。

ただ、2009年のディズニーシーのハロウィンは、ヨーロッパらしさを残そうとして、貴族の仮装舞踏会という仕立てになっていた。怪傑ゾロのマスクのようなものでミッキーたちも顔を隠し、ヨーロッパらしい、貴族ぽい雰囲気で展開されていた。なんだか、ヨーロッパはアメリカと違って優雅なのよ、というメッセージを発しているようで面白かった(大阪に対する京都のポジションを連想してしまった)。

2009年からディズニーのハロウィンが変わった。

それはディズニー以外でのハロウィン・イベントが盛んになったからだろう。

2009年がハロウィンの転機である。

10月31日が土曜日になるごとに盛んになっていく。

2009年のハロウィンは、土曜日だった。次に土曜日になったのは2015年で、このときから渋谷スクランブル交差点の大騒ぎがニュース定番となった(次の土曜日は2020年である。東京五輪直後のハロウィンは大きく騒ぎそうで楽しみである)。

 

クリスマスとハロウィンの関係

2003年から静かに広まり、2009年から広く認知されたのは、「クリスマスイベント」とも連動している。

日本のクリスマスは、けっこう古い。

明治末年以来(年を限定するなら明治39年1906年以来)日本人はクリスマスに騒いでいる(拙著『愛と狂瀾のメリークリスマス』講談社現代新書を参照いただきたい)。

近年で大騒ぎになったのは1980年代後半から90年代にかけてである。

この時期に初めて「男と女がロマンチックに過ごす日」となったのであるが、そのおり使われている金額は破壊的だった。

バブル期、金が回りだすと、なぜか「ロマンチックに過ごさないといけない」という空気が強くなったのだ。(おそらく女性が消費の主導者になったからではないかとおもわれる)。

1991年以降、不況である、と言われ続けたが、しかしバブル期に高騰したイベント費用は下がらず、クリスマスイブは「散財する日」として20世紀最後の十数年、君臨しつづけていた。

それが落ち着くのが2003年ころである。

また「クリスマスは男女でロマンチックに過ごすもの」という意味不明の強制は、2009年あたりから緩められていく。「クリスマスを一人で過ごす特集」や「みんなでホームパーティして安上がりに済ます」という提案が目立ってくる。

クリスマスをロマンチックに過ごす強制が弱まるのと、ハロウィンが広がっていくのが同時である。裏表でつながっている。