オィーッス!元気がないな、もう一丁!「いかりや長介」を語ろう

怖くて優しかった「長さん」の素顔
週刊現代 プロフィール

叱った翌日は家族サービス

碇矢 親父から言われた5つの教えがあります。「ありがとうと言える人間になれ」、「ごめんなさいが言える人間になれ」、「嘘はつくな」、「人に迷惑を掛けるな」、「泥棒をするな」。これを破ると鉄拳制裁が待っていました。

西条 長さんのお父さんもかなり怖い人だったそうですね。「喧嘩の仕方は親父から教わった」とおっしゃっていました。

すわ たしかお祖父さんは柔道三段でしたよね。

碇矢 親父は祖父に反抗すると、野っぱらで徹底的に投げられたそうです。

すわ いかりやさんは子どもの頃は、お父さんに連れられて、浅草の寄席などに行ったみたいですね。「笑いの原点は親父だ」というのが口癖でした。

西条 プロになってからも、長さんはお父さんがどう評価するのかをずっと気にされていました。

 

碇矢 親父に最初に殴られた記憶があるのは、3~4歳の頃、「ビール瓶事件」のときです。すわさんはご存知ですよね?

すわ いや、知らない。一体、何があったの?

碇矢 当時住んでいたマンションの11階から、歩いている人を標的にしてビール瓶を落としたんです。ビー玉遊びと同じ感覚だったんだと思います。

西条 もし人に当たっていたら大変なことになりましたね。

碇矢 ええ、今考えると本当にゾッとします。親父にバレたときは、殴られて壁まで飛ばされましたよ。壁に顔を打ち付け、血糊がベッタリと付いたほどです。晩年、親父と酒を飲むと、必ずその話題になりました。

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すわ 僕ら付き人は、殴られたことは一度もなかったな。仕事が終わると食事に連れて行ってくれたり、けっこう優しい「親父」でしたよ。

碇矢 家でも怒りを引きずることはなかったですね。叱った翌日には遊園地に連れて行ってくれたり、必ずフォローをしてくれました。私は実の母、育ての母の二人を亡くし、最後は3人目の母と暮らしましたが、そのことについても、「おまえらには本当に申し訳ない」と、晩年まで繰り返していました。

西条 ドリフにおける長さんのリーダーシップは半端ではなかったと思います。各メンバーのキャラクターを大切にし、それぞれに合った役割を考えていました。そうすれば、観客も感情移入しやすいからです。

すわさんが『全員集合』で大ウケしたブルース・リーのギャグも、長さんの発案だったんですよね?

すわ そうです。たぶん、いつも志村けんさんとふざけているのを見ていたのでしょう。リハーサル中に、「おまえ、ブルース・リー、できるか?」と突然言われました。で、ちょっとやってみたところ、「じゃあ、明日から使おうか」って。あのときはうれしかったですね。

西条 長さんはすわさんのことを買っていましたから。「正式メンバーにするタイミングをずっとはかっていた」とおっしゃっていましたよ。

すわ ええ、いかりやさんの自伝を読んで、そのことを初めて知りました。発売されたときはすでに付き人を辞めていましたが、いかりやさんのマネジャーがサイン入りの本を届けてくれたのです。うれしかったけど、「だったら、もっと早く使えよ」と思いました(笑)。

碇矢 本心をなかなか明かさない人でしたからね。メンバーの話をするのは、自宅で一人で酒を飲みながらくだをまくようなときだけ。「あいつはこうだ、こいつはこうだ」と愚痴っていましたよ(笑)。