個人消費がどうしても伸びないのは「アベノミクス円安」が原因だった

賃上げを迫るだけでは何ともならない
竹中 正治 プロフィール

過度な円安が家計を苦しめる

労働分配率に影響を与えていると考えられる第4の要因は円相場である。この点はあまり明示的に語られることが少ないようだ。

円安になると企業部門は外貨建ての輸出からの円貨の受取りが増える(増収)。90年代以前の日本の輸出企業は輸出数量の拡大志向が強く、円安時にはある程度外貨建て価格を下げることで、輸出数量を増やし、それに必要な雇用増や賃上げが起こった。

ところが2000年代以降は採算性改善志向が強まり、円安でも外貨建て価格は下げない企業が多くなった。その結果、円安でも輸出向けの生産は増えず、雇用も増えず、賃金への波及も乏しくなった。つまり円安による増収・増益は雇用者ではなく、株主への配当と企業内部にとどまるようになった。

一方、外貨建て輸入は円安で円貨の支払いが増える。しかしこの面で企業は最終消費者への価格転嫁がある程度可能である。そのため円安による輸入面のコスト増は企業部門と最終消費者である家計との間で案分される。以上の結果、円安は労働分配率を下げ、円高はその逆の効果を生むのだ。

実際、95年以降の労働分配率(雇用者報酬/GNI比率)の変化を説明対象として、①一人当り平均賃金である現金給与総額(厚生労働省)、②労働生産性(OECD)、③景気動向指数(内閣府)、④実質実効円相場指数(日銀)(以上全て前年同期比の変化)の4つの要因(説明変数)で回帰分析すると有意な(関係性が偶然ではない)結果が得られる(説明度を示す決定係数は0.53)。

この分析結果に基づくと、現金給与総額の年間1%ポイントの増加は0.31%ポイント労働分配率を上げる(現在の実質GDP規模をベースにすると実質実額で約1.7兆円)。景気動向指数の1%ポイントの上昇は0.05%ポイント労働分配率を下げ、実質実効円相場の1%ポイントの上昇(円高)は、労働分配率を0.019%ポイント上昇させ、最後の労働生産性1%ポイントの上昇は労働分配率を0.43%ポイント低下させる。

図2の黄色線は回帰分析で得られた推計値である。青色の実績値の変化(前年同期比)をおおむねなぞっているのがわかるだろう。

もちろん上記の効果は、他の条件が同じでその要因だけ変化した場合の影響を示しているのであり、勤労者家計が豊かになるためには労働生産性の上昇を伴った賃金アップが望ましい。

また現金給与総額(賃金)と労働生産性の変化の影響が一桁大きいように思うかもしれないが、こうした変数は年間平均では1-3%程度しか変動しない。一方、景気動向指数の変化はもう少し大きく、さらに円相場は1年間で10-20%程度動くことも珍しくないことに注意しておこう。

 

行き過ぎた円安誘導は愚の骨頂

以上の分析を下地にもう少し細かく見ると、実質個人消費の伸びは2013-15年には平均年率0.4%の伸びにとどまったが、2016年以降は同1.4%まで回復している。

その要因として、皮肉にも物価上昇率がこの時期にゼロ前後まで下がった結果、実質賃金が前年比でプラスに転じ、かつ雇用の増加基調が継続したことで、実質雇用者報酬(報酬総額)が年率2.3%で増えたことが指摘できる。

この時期の物価上昇率の低下には、2015年を円安のピーク(1ドル120円台)に円相場がやや円高に戻ったことが寄与している。前掲の図1の労働分配率も、2015年を底に16年以降やや回復していることに注目していただきたい(赤い囲い部分)。

以上まとめると、政策的な含意としては、第1に2012年までのような過度な円高時ならばともかく、現在の環境では追加的な金融緩和で結果的であれ、これ以上円安に誘導することで物価を押し上げることはすべきではない。それをすれば労働分配率は低下し、個人消費の回復を損なう。

もっと具体的に言えば、2014年10月に追加金融緩和策で結果的に円相場を1ドル100円だから120円台まで押し上げてしまったことは、労働分配率を引き下げ、消費税率の引き上げで傷んだ消費に追い打ちをかけた失策だったと反省するしかない。

第2の課題は、賃金の底上げにより、労働分配率の低下に歯止めをかけることである。が、これが難問だ。

最低賃金の引き上げは安倍政権も進めているが、それでは最大のマスである中間層の賃金アップにはつながらない。政府が「もっと賃金アップを!」と経済団体幹部の肩を叩くだけでは不毛だ。

おそらく労働市場の流動化(解雇権規制のある程度の緩和)とセットになった持続的な賃金引き上げのための政府・経営・労働組合の包括的な取り決めが求められているのだろう。

労働分配率の趨勢的な低下は、日本だけでなく欧米諸国にも広く見られる一般的な傾向となっている。その要因には、製造業などの新興国への移転を含む経済のグローバル化、情報通信革命、ロボット化、AIなどの技術革新による労働の機械による代替が考えられている。

資本主義経済は技術革新と同時に、各種の社会保障制度など所得配分の仕組みを進化させることで経済成長を実現してきたことを考えれば、新しい所得分配の仕組みが求められているのだ。