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沖縄「チビチリガマ荒らし事件」とは何だったのか?

建築業の現在から見えてくること
打越 正行 プロフィール

島袋たちのような不安定な若者は、先輩たちによって地元社会の一員として囲い込まれた。しかしこのやり方は、ここ10年で大きく変化している。

1993年以降、沖縄の建設業の受注規模は減少し続けている。そんななか、建設会社や従業員の数は微増している。

建築現場には人が足りており、中堅からベテランの従業員で十分に仕事がこなせる状態にあるので、新参者を育てる必要がなくなった。そのような状況が10年以上続いており、現在の建築現場には10~20代の従業員が定着していない場合が多い4

そして、この雇われ方と遊び方は、大きく関係している。地元の暴走族から地元の建築会社へと囲い込まれていった島袋らは、地元を代表して暴走するために時間も労力もかけて、ゴーパチで全島から集まったギャラリーを前に「デビュー」を飾った。

他方で現在の10代の建築と無職を繰り返す若者たちは、仕事が減っているために必ずしも生まれた地元の建築会社で雇われる必要がない。建築会社も仕事のできない10代より、中堅社員に優先順位を置く。

また建築現場では今も昔も10代の若者への仕打ちは厳しいが、現場でそれを実質的にフォローする20代も抜け落ちている。このように現在の10代の若者は、10年前と比較して、現場により定着しづらい状態にある。

これによって、閉鎖的で暴力含みの地元つながりから、10代の若者は解放された。これはとてもいいことだ。地元を超えて仕事も遊び仲間も探すことが可能となった。

しかし、全体として仕事は減り続けており、彼らの生活と仕事は暴力とは異なる困難からは解放されていない。

 

器物損壊としての「肝試し」と、窃盗や暴走という行為の間には、時間的な見通しや集団の広がりにおいて、大きな違いがある。

地元社会で下積みを重ねてデビューするのではく、今回の事件は、その場で、そのときだけ、その集団だけの「ノリ」で生じたことのように推測できる。

そしてこのような遊び方の違いは、学校からも、そして就労世界からも10年以上にわたり排除してきたことによって、生まれたことである。

進学できなかったこと、仕事に定着できなかったこと、20代の先輩も建築現場に定着してなかったこと、仲間集団も不安定で遊び方を知らなかったことなど、それらの事象が逮捕された少年らに折り重なって、最終的に彼らが事件を起こした。

しかし彼らをそのような状況に追い込んだ幾重にもわたる事象がある。その一つひとつを読み解いていく責任から免除される人はいないはずだ。

4 学校の社会的機能のひとつは、入学してきた人材を職業的地位に配分・選抜することである。よって、学校についての施策は、その地域の就労をめぐる現状と連動して、展開されるべきである。しかし、ここ10年の沖縄では、建築業で人があまっているにもかかわらず、中学卒業後の進路未決定者も高い水準が続いている。高校にも行けず、仕事もない状態によって、行き場を失った若者が制度的に生まれている。