# 若者 # 沖縄 # メディア・マスコミ

沖縄「チビチリガマ荒らし事件」とは何だったのか?

建築業の現在から見えてくること
打越 正行 プロフィール

窃盗、暴走から、「肝試し」へ

ふたつ目の要因は、地元の先輩と後輩の関係が崩れ、歯止めがきかなくなったことである。それは島袋のいう「遊び方の違い」として表れる。

島袋「昔からのチビチリガマとか観光スポットとか行かなかったですね。チビチリガマも(学校で)社会見学なんですけど、結局学校(に)行ってないじゃないですか、(だから、ガマには)行ってないんですよ」

記者「社会見学は、小学校で?」

島袋「覚えてないですね」

記者「もし行ってたら、どんなことを思ってましたかね?」

島袋「たぶん自分なんかしたら、(事件を起こした少年らとは)遊びが違うから。ただ、こんなのを壊したりするのを、自分なんかがこんなのを絶対やらないと思います」

記者「おばあちゃんやおばさんから聞いたり」

島袋「はい、こんな壊すのはやったことないですね。人の物を盗むとか、バイクとか盗むのとか、お金を盗んだりとかはしてたけど、昔は自分のためになることしかやらないから」

記者「はー」

島袋「結局、バイク盗むのも部品があるから、売れるし、自分のためになるじゃないですか。だけど、人の物を壊して、使えないじゃないですか。人の物を壊しても何もならないじゃないですか、ただバチがあたる。

ただ、みんなで笑ってるんじゃない。あいつすごいとかってならないと思うんですけど。まず目立つことしかね。どんだけ警察に向かっていけるか、こんなのにみんなあれ(反応)するから。物壊してもバカじゃないのとしか思わん」

 

島袋自身も、若い頃は窃盗や暴走などで、警察の世話になることを繰り返した。彼によると、人の物を盗んだりしたが、それは転売するためであったため、今回のようにただ破壊することについては、「遊び方が違う」と話した。

では、どのような違いで、なぜその違いは生まれたのだろうか。

島袋も今回の少年らのように、高校に進学せず建築業で働いた3。厳しい建築業には10代の頃はなかなか定着できず、何度も現場を逃げ出し、キセツ(本土への出稼ぎ)に行ったり、無職の期間もあった。

ここまでは両者の境遇は重なる。しかし、島袋らの世代はこの時期に地元の先輩たちによって、遊びにも仕事にも強引に誘われた。

島袋は10代の頃から、地元の暴走族で活動した。小学生の頃から先輩の中学生から、ヤンキーの「英才教育」を受け、バイクの改造や運転技術を習得し、ゴーパチ(国道58号線)でデビューした。

また地元の先輩からすると、地元の後輩は使いやすい労働力であった。まず低賃金で雇え、給料の遅延、一部支給も可能である。

また仕事があるときは低賃金で引き連れ、ないときは離職させずに休ませることができる。給料は日給制なので休んだ日の賃金は支給されない。

3 事件を起こした少年4名のうち3名が無職の状態にあった。沖縄では、中学校卒業後に進学も就職もしていない進路未決定者の割合が2.5%(2015年、全国平均0.7%)と高い状態が続いている。10代の少年が働くことを常態化させるのではなく、すべての若者が学校において安心して過ごせる場所と学ぶ機会を保障することが求められる。就労環境の話は、本来ならその次になされるべき議論である。