『わろてんか』のモデルたち、実際にあったホンマにおもろい話

ドラマが10倍面白くなる
週刊現代 プロフィール

濱田岳は林正之助?

とはいえ、夫を失い、子育ても多忙なせいだけでは経営は回らない。彼女を支えたのは、二人の実弟だ。

ともに後年、吉本興業の社長を務める林正之助と林弘高である。しかし、朝ドラ『わろてんか』では、ヒロインに弟はいない。いったいどうなるのだろうか。

元よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役で、『わらわしたい 正調よしもと 林正之助伝』の著者である竹中功氏が語る。

「姉を支えた強面の正之助氏の役割は、濱田岳さん演じる幼なじみの風太でしょう。

てんの元婚約者で青年実業家の伊能栞(高橋一生)は、ひょっとしたら演芸以外の映画などを事業化したアイデアマンの弘高氏と、正之助氏とも交友のあった阪急東宝グループの創業者・小林一三氏を合わせたような役どころになるのではないでしょうか。

私が正之助氏やその周辺からの話を聞くかぎり、せいさんは、山崎豊子さんが小説『花のれん』で描かれたような、自ら主体的にバリバリやった女傑ではなく、自らが置かれた環境から、そうせざるをえなかった人生に映ります。もちろんせいさん自身もオーナーとしての才覚は確かなものでした。

ただ、実質的にせいさんの時代の吉本を支えていたのは、幼いときに面倒を見ていた二人の実弟だったと思います」

 

林正之助はライオンの異名をとる豪快な人物だ。姉のせいに乞われて、18歳のときから寄席の仕事に加わり、すぐに興行師として頭角を現す。

前出の竹中氏が言う。

「せいや彼女をとりまく人物が実際の出来事とどう関わるのか、『わろてんか』ではやはり注目です。たとえば、関東大震災では、せいの一声もあって、正之助氏が『姉さん、いきますわ』と、鉄道も動いていないなか、神戸から船で東京の芸人の元に毛布などの救援物資を送り届けます。

このとき、これまで吉本とあまり縁のなかった落語の師匠たちにもお見舞いの品を配布しています。さらに震災の混乱で仕事を失った東京の芸人を大阪に招き、仕事をしてもらったことで、多数の新しい芸人を吉本は獲得します。しかも、大阪の寄席は、東京の芸人の目新しさで繁盛したんです」

吉本興業百五年史』には、正之助についてこんなエピソードが紹介されている。

ある芸人がライバル会社から引き抜きを受けているという話を耳にしたせいは、正之助に伝えた。正之助は芸人を問い詰めて殴る蹴るの暴行を加える。

すると、せいが偶然通りかかったふりをして、正之助をなだめ、事情を聞くと、芸人に優しく「そんなことせえへんわな」と言いながら、小遣いを渡すのだ。

せいは「優しい母」、正之助は「厳しい父」のような存在として役割分担し、芸人たちをまとめていたのだろう。

正之助と交友のあったテレビプロデューサーの澤田隆治氏が語る。

「せいさんの社長時代の実務はほぼすべて正之助さんや番頭さんが信頼され任されていて、せいさんは主に要人らとのつき合いがメインだったようです。正之助さんも常々『姉さんにはいつもええ恰好してもらってた』と笑っていましたね。

社長就任後は絶大な権力を握る正之助さんも、せいさん時代は姉をしっかり立てて、部下の役割を果たしていたのだと思います」

正之助は漫才に革命を起こしたエンタツ・アチャコを見出した一方で、'68年には恐喝容疑で逮捕されたこともある。'91年に92歳で亡くなるまで、吉本のトップとして君臨したが、メディアに登場することは数えるほどしかなかった。