元電通の青年失業家を暴走させた「人生を変える10冊」

泣いて、笑って、スイッチ入れて
田中 泰延 プロフィール

最後に、一つ漫画を挙げさせてもらいます。『自虐の詩』は貧乏夫婦のギャグ漫画かと思いきや、実はそうではない。そもそも、なぜ二人は貧乏になったのかと、ある時ふと、作者の業田良家さんは考えたんだと思うんですね。それが運のつきで、次第に過去の回想が増え、物語も暴走し始める。最後はおそらく業田さんすら予想しなかった真実に辿り着きます。

暴走するスイッチを入れないと、結局は何もわからないんだということを、これほど鮮やかに見せてくれる作品を他に知りません。僕自身も、どういうわけか暴走のスイッチが入ってしまって、24年間勤めた会社を辞めました。この先に何が見えるか、恐ろしくもあり、楽しみでもあります。

(取材・文/砂田明子)

▼最近読んだ一冊

「前田さんはカウボーイになりたいという思いにとりつかれ、会社を辞めて北米にわたり、本当にカウボーイになってしまった人。〝脱線人生〟のエネルギーに溢れていると同時に、筆致は冷静で、歴史と現実がよくわかる」

田中泰延さんのベスト10冊

第1位『ジャン・クリストフ』全4巻
ロマン・ローラン著 豊島与志雄訳 岩波文庫 900円(第1巻)
ドイツの音楽家クリストフが大成するまでを描く大河小説。「小説に著者が出てきて意見を述べる。その書き方も好き」

第2位『資本論』全9巻
カール・マルクス著 岡崎次郎訳 国民文庫 1200円(第1巻)
マルクス自身の解説、平明な訳が光る。「資本主義で今何が起きているかを知るために、もう一度読まれるべき本」

第3位『自虐の詩』(上・下)
業田良家著 竹書房 各563円
貧乏夫婦・幸江とイサオのちゃぶ台返しはやがて……。「下巻から物語が暴走する。どうか上巻でやめないでください」

第4位『夏の闇』『輝ける闇
開高健著 新潮文庫 550円、590円
ベトナム戦下での性(夏の闇)と、生と死(輝ける闇)を凝視し、戦争と人間を抉り出す

第5位『千のプラトー 資本主義と分裂症』(上・中・下)
ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ著 宇野邦一他訳 河出文庫 各1200円
資本主義を読み解き、管理社会を超える多様性を獲得するための、20世紀最大の思想書

第6位『69 sixty nine
村上龍著 文春文庫 510円
1969年、安田講堂事件が起きた年、17歳の僕は佐世保で反抗と青春の日々を駆け抜ける

第7位『さようなら、ギャングたち
高橋源一郎著 講談社文芸文庫 1400円
人々が名前を失った世界で、超現実的な愛の生活を独創的な文体で描く。著者デビュー作

第8位『口語全訳 華厳経』全2巻
江部鴨村訳 国書刊行会 4万3690円
「仏教がよりわからなくなるが、いつかわかる瞬間がくるのではないかと、また読む」

第9位『アルジャーノンに花束を 英語版ルビ訳付
ダニエル・キイス著 講談社 1350円
「英語版で読むことで、平仮名が多い日本語版がいちばん素晴らしいことを実感できる」

第10位『水に似た感情
中島らも著 集英社文庫 入手は古書のみ
「大好きな作家。らもさんのように、酔っぱらって飲み屋の階段から落ちて死にたい」

『週刊現代』2017年10月28日号より