日本の若者が政治に疎いのは、選挙で○○が禁じられているから?

アメリカでは当たり前のこと
海野 素央 プロフィール

「袖の下」なんて、ありえない

筆者は2012年の米大統領選挙で選挙活動に参加し、帰国した後、企業の監査役が名を連ねる某財団法人のセミナーで「オバマ再選の内幕」について講演を行いました。講演の前に、主催者は筆者に「セミナーでは滅多に質問は出ませんから」と語っていたのですが、講演が終わると、ある男性参加者がオバマ陣営の戸別訪問についてこんな質問を投げかけてきました。

「オバマ陣営では、戸別訪問で何人逮捕者を出しましたか」

この参加者は、オバマ陣営のスタッフが戸別訪問の最中に金銭の授受によって逮捕されたに違いない、と思い込んでいました。

「ゼロです」

筆者は即座にこう回答しました。筆者が知る限りでは、そのような運動員はいません。

後日、オバマ陣営の元選対責任者にこのエピソードを語ると、彼は「理解に苦しむ」という表情を浮かべていました。米国では、「戸別訪問」と「逮捕」がまったく結びつかないのです。ちなみに筆者は、2016年米大統領選挙でも研究の一環としてクリントン陣営に入り、11州の激戦州で戸別訪問を実施しましたが、同陣営ではやはり一人の逮捕者も出していません。

なぜ米国では、戸別訪問での不正がまずありえないのでしょうか?

 

もっとも大きな要因と思われるのは、「運動員は有権者の家の中に入ってはならない」というルールがあることです。その理由は、まず第一に「危険だから」。銃社会の米国では、みだりに他人の家に踏み込めば、いきなり撃たれても文句は言えません。

第二には、家の中に入ってしまうとどうしても長話になり、ターゲットとなっているすべての家を回りきれなくなってしまうからです。ひとりの運動員は通常、1回の戸別訪問で約30〜40軒の家を回る必要があります。

第三に、これは筆者にも経験のあることですが、たまたま相手陣営の候補者を支持する有権者の家に行き当たった場合、家の中に招き入れられて、「逆説得」を試みられることがしばしばあるからです。

いずれにしても、米国の選挙における戸別訪問はあくまでも「説得」と「コミュニケーション」の手段であって、「金銭授受の場」という発想はまったくありません。

支持を得る「コツ」がある

筆者は2012年の米大統領選挙において、ニューヨーク郊外で開催されたテレビ討論会の会場で、米FOXニュースの記者と話をしました。そのとき、彼が日本の選挙制度について質問してきたので、「日本では、戸別訪問が公職選挙法によって禁止されているんです」と述べたところ、彼は驚いてこう反応しました。

「それでは(現職議員に対する)チャレンジャーが勝てないだろう?」

この記者が言う通り、実は、戸別訪問は新人候補が現職を破るために非常に有効な選挙戦略なのです。

日本では「戸別訪問を導入すると、特定の業界団体や宗教団体をバックにした政党が有利になるのではないか」という意見もあります。しかし、これは間違った認識であると言わざるを得ません。

というのも、本来の戸別訪問は無党派層や、これまで選挙にそもそも参加しなかった有権者を巻き込んで、全体のパイを広げていく選挙運動だからです。言い換えれば、宗教団体や既存の利益団体といった「固定票」に対抗する有効な手段でもあるわけです。

さて、衆院選の投票日が明日に迫ってきました。米国では、投票日が近付くと投票率を高めるために、どの陣営も「投票に行こう(GOTV: Get Out The Vote)」という選挙運動を一斉に開始します。

その際、かつて筆者が参加したオバマ陣営は、言葉の使い方に細心の注意を払っていました。前述した選対責任者が「絶対に『オバマに投票してください。お願いします』なんて言わないように」と、ボランティアの運動員に指示を出していたのです。その代わり、「『あなたの票に頼ってもいいですか』という言い方をしてください」と促していました。有権者に、「自分の一票が必要なんだ」という気持ちにさせるのが、票を獲得するコツなのです。

また、この選対責任者は運動員に対して、具体的な説得の手法を身につけさせるため、ロールプレイを含めたトレーニングを行っていました。

トレーニングを受けていない運動員は、たいていオバマ大統領の「実績」ばかりを強調したり、オバマの政策を当時の対立候補だったミット・ロムニー(マサチューセッツ州元知事)の政策と比較したりします。しかし、この選対責任者は、「そんなやり方では、有権者を説得なんてできませんよ」と口をすっぱくしていました。