〔PHOTO〕gettyimages

難民騒動で生まれた「31歳の首相」が、ドイツの足元を脅かす

オーストリアを反メルケルに染めた男

不思議の国オーストリア

10月15日、オーストリアの総選挙で国民党が勝利。党首セバスチャン・クルツの首相就任が決まった。27歳で外相になった時から、ずっと注目しており、きっとそのうち首相になるだろうと思っていたが、まさかこんな早くにその日がやってくるとは。31歳。世界最年少の首相だとか。

クルツ氏の何が目立つかというと、この貴公子然とした激しく古風な雰囲気だ。「会議は踊る」と揶揄されたウィーン会議で、プロイセンの宰相、ビスマルクの横に立っていても、おそらくしっくり来るだろう。

〔PHOTO〕gettyimages

そもそもオーストリアというのは不思議な国で、ハプスブルクの栄えていた頃と同じような町並みを保とうという頑迷さが、あちこちに感じられる。ザルツブルクで、石積みの壁の地下室のワインレストランに入った時、そこらへんにモーツァルトが座っていそうな気がしたものだ。アルプスに囲まれているせいか、人心、かなり閉鎖的。他所者にはたいてい不親切。

冬には古色蒼然とした舞踏会が開かれたりする。中でも毎年2月にウィーンのオペラ座で開かれる舞踏会(Opernball)は1877年から続いており、ヨーロッパでもっとも格式が高いもの。つい最近まで、旧貴族や、その他のヨーロッパのセレブの子女の社交界デビューの場だった。

その時代錯誤の様子は、当日、ずっとテレビで放映されるが、ときに左翼が「資本家の堕落」に怒り、襲撃に来るというおまけ付きだ。話が逸れたが、貴公子セバスチャン・クルツを輩出したのは、こういう国なのである。

オーストリアでは、社民党(昔は社会党)が長く政権を取っていた(1970年より、途中の5年を除いてずっと)。中道右派の国民党との大連立が多かったので、一気に社会主義に突っ走ったとは言えないが、しかし、近年の難民政策は超がつくほどリベラルだった。

 

2015年、メルケル首相が超法規的にハンガリーに溜まっている中東難民を引き受けた時、事前に、当時のオーストリア首相のファイマン氏に電話で了解も求めたという。ハンガリーからドイツに難民を運ぶなら、オーストリアが通り道になるからだ。

ファイマン首相は、ドイツが引き受けるならとOKを出したが、オーストリアに留まった難民も多かった。いずれにしても、メルケル氏とファイマン氏の一存で、あの悪夢のような難民騒動が始まったことは確かだ。周知のように、その混乱はEU全体に波及し、今も続いている。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら