日本の子育ては地獄か…ホストがたどり着いたスマートな「正解」

なぜこの問題は解決しないのか?
藤田 祥平 プロフィール

こうして、「日本を革命するソーシャル子育てサイト、《KIDS-FIRE.COM》」が設立される。このクラウド・ファンディングサイトに登録されたはじめてのプロジェクトは、神威のもとに届けられた渦中の赤ん坊の「人生の一部を販売する」ものだ。

たとえば、命名権は1500万円。小学校の六年間とランドセルをプレゼントする権利は1000万円。購入者が死ぬ間際に手を握ってもらえる権利は100万円。毎月面会でき、購入者が指定する3年間、住み込みで介護してもらえる権利は1億円――

シャンパンタワーに放尿する赤ん坊の画像の流布や、SNSを通じた「自明党」議員への「クソリプ」など、カリスマホストたちの暗躍によって同サイトは炎上。結果として多くの衆目に触れ、プロジェクトは成功の道のりをたどり始めるかと思われた。

そのとき、ネットを介して神威たちのもとに連絡が入る。それは、深夜帯の討論生テレビ番組、「ミッション22」への出演依頼だった――

 

「でも子供って愛の結晶でしょ!」

神威は、フィクションの世界における奇跡の体現者だ。ひるがえっていえば、彼の手による好ましい奇跡が現実に起きる可能性は、万に一つもない。

しかし、だからこそ、この小説は現実の子育てをめぐる状況に、するどい指摘を投げかけるものだ。

たとえば村上龍は10年前、『半島を出よ』のなかで、おなじくフィクションの世界における奇跡の体現者たちを登場させ、(物語のなかの)北朝鮮のテロ活動に終止符を打った。

このことは、「奇跡によって物事がうまく進んだが、その奇跡はフィクションにおいてのみ可能であった。つまり、私たちの現実において似たような状況が起こったとき、我々に災難を止める手立てはない」という強いメッセージの表れである。

『半島を出よ』が「有事」における日本のありようをフィクションの観点から指摘した作品であったとすれば、『キッズファイヤー・ドットコム』は、「子育て」をめぐる日本のありようを同様に指摘した作品と言える。これだけでも、同作の重要性はあきらかだ。

とつぜんだが、書評子は26歳である。既婚だが、子供はいない。それは現代の20代にとって、当たり前である。この経済状況と労働環境で、子供など育てられるわけがない。

書評子自身が貧乏をするのはかまわないが、まだ見ぬ我が子にまで貧乏と不便を押し付けるつもりはない。金がなければまともな教育は与えられないが、教育を与えられなかった子らの行く先は、あきらかに暗澹としている。

だからこそ作中に登場するシングルマザー、瀬理奈の独白は、とても痛切なものに感じられた。彼女は愛ではなく、金によって赤ん坊を育てようとする神威たちに、つぎのように意見するのだ。

「でも子供って愛の結晶でしょ! 愛し合ってたときの思い出だけで頑張れるじゃん!」「子供は親が育てなきゃいけないのよ! 母親が一人でがんばらないといけないの!」

彼女の意見に対して、愛だけでは飯は食えない、教育も与えられないと冷笑することはたやすい。恥ずかしながら書評子も、初読の際にはそのような態度であった。

しかし読み返すうち、厳然とした事実に気づいた。彼女は架空の子育ての話をしているのではない。彼女の手には、彼女が育てなければならない子供が、すでに委ねられているのである。