選挙戦も佳境を迎えたが、「全国を飛び回っている小泉進次郎を追えば、選挙の深奥が見えてくる」とは、同氏の密着取材を続けるノンフィクションライターの常井健一氏。今回の選挙、小泉進次郎は余裕を見せるどころか、「圧勝」を求めているようだ。
衆院選公示日、小泉進次郎はいつも通りの朝を過ごした。濃紺のスーツに、緑のレジメンタルタイ。衆院解散の日と同じ教科書通りの装いで、午前8時に地元・神奈川県横須賀市内の神社に現れた。
父の時代、〝小泉純一郎の影武者〟として地元を守ってきた叔父の正也らとともに必勝祈願をした後、進次郎は少年のような眼をしながら筆者に語りはじめた。
「選挙の前に映画『関ヶ原』を観に行ったんですよね。戦(いくさ)に臨む気持ち。あの役所広司さん演じる家康の表情とかね、岡田准一さん演じる三成の思いとかね、いろんなものが自分とダブりました。やっぱり選挙は戦だな。全国を遊説して、また元気に地元に帰ってこようと誓いました」
筆者は、それを聞いてびっくりした。
当選3回の閣僚未経験者でありながら、徳川家康や石田三成と36歳の自分を重ね合わせることができてしまう意識の高さではない。選挙直前に映画を観に行けてしまうほどの心の余裕があることについて、驚かずにはいられなかったのだ。
テレビのワイドショーは当初、まるで関ヶ原のように小池百合子に小泉進次郎が挑む構図をつくりたがった。だが、当の本人は、いまいちピンと来ていないようだ。
「三都、サント……なんだっけ?」
公示直前、来る三連休に大阪、東京、愛知を遊説する計画を地元市議たちに明かした彼は、その三都府県の知事が連携して選挙を戦う小池戦略のネーミングさえ覚えていなかった。
「三都物語です」
市議のひとりがそう答えると、不可思議なワンフレーズで返した。
「そう、だから三都演説」
全国遊説のウォーミングアップも兼ねて、「三都」に乗り込んだ。各遊説会場では、妙齢の女性や若者が体当たりで握手を迫ってくる。彼が行くところ、SMAPが田舎に現れたような風景が広がる。
今回、筆者が密着取材をはじめる前、いろんな編集者が異口同音に「今回の主役は小池。進次郎ブームは去った」と嘯いていたが、とんでもない。その良し悪しはさておき、3年前の前回を凌ぐ盛況ぶりだ。
公示日の朝10時、横須賀中央駅前での出陣式を終えると地元活動は終了。全国行脚がスタートした。正午過ぎ、進次郎は湘南新宿ラインで池袋駅に到着するなり、群衆に囲まれて身動きが取れなくなった。その騒ぎぶりは、2時間前まで同じ駅の反対側で演説していた小池のそれを遥かに上回っていた。
応援演説の第一声では、その小池のことをおちょくった。
「私がなぜ小池さんのお膝元を全国遊説のスタートの地に選んだのか。私は、希望の党を立ち上げた小池さんに、心から感謝をしたいと思っているからです。まず一つ目の感謝は小池さんのおかげで、自民党に野党時代のことを思い返す良い機会をくれたことです。私たちに緊張感を与えてくれた」
二つ目の感謝は、「『希望』という言葉を使ってくれたおかげで、『真の希望』とは何なのかを考える機会を与えてくれました。真の希望とは、いつの時代も若い力です」。
三つ目の感謝は、「選挙目当てでいろいろやっても、有権者はそれを見抜くということを、改めて教えてくれました」。
そして、不敵な笑みを浮かべながらワンフレーズを添えた。
「ありがとう」
全国遊説の出発直前、進次郎は今回のテーマを「感謝」という一言で筆者に表現していた。そのときは、初日の遊説先を党務でお世話になった先輩や後輩で固めたことを例示していたが、まさか敵にまで感謝、感謝、感謝の三拍子で攻めるとは──。
「今日、私は野党の批判をしません」
公示前の前哨戦では、これを常套句にしながら、その理由を「だって、時間がありません。批判をしはじめたらキリがないから」などと、皮肉交じりに説明していた。第一声の中身も「感謝」を連呼しながら、実際は小池新党に対する痛烈な批判に聞こえる。
希望の党の失速は、マスコミ関係者の予想よりも早かった。進次郎は2日目の地方遊説から小池のことを真正面から取り上げることすらやめた。