「マウントパンチ」誕生の瞬間を語ろう~朝日昇インタビュー

最強さんいらっしゃい【第6回】
細田 昌志 プロフィール

佐山先生はなぜ…

──それで、朝日さんも遂にグレイシーと戦う日がやってきます。VTJ96ですね。

朝日 あの時は「2年待ってください。そしたらやりますから。」と佐山さんや頼永さんには言い続けていました。しかし、誰も他に人がおらず、僕が試合をしないと興行が成り立たないと言われまして、「だったら、やるしかないな。しかし、これは相当な賭けでしかない」と試合を受諾したんです。

──そういうやりとりがあったんですね。

朝日 とにかく、まだ全くわからないことだらけで計算が立たないんです。ましてや8分無制限ラウンドなんて、どのようなトレーニングをして、どのようなプランで試合をすべきかも全くわからない(笑)。しかし、グレイシーさんにウダウダ言われるのはイヤなので「奴らの条件、全て飲んでください。」と要求はして。

──当時は「クレームのグレイシー」なんて言われた時代でもありましたね。

朝日 ご存知のように試合はモノの見事に粉砕されました(笑)。何を言っても言い訳にしかならないのは重々承知していますし、よしんば計算が立ったとしても、木っ端微塵にされたかもしれません(笑)。

試合中はいつものように「うまいね、こいつ」とか、「あら、案外大したことないな」とか色々考えていたのですが、試合後は「やっぱり、まだオレでは足りないことが多いのが確認出来たし、ひとまず彼の感覚を体感出来たのは大きい。これは一つの財産として、考えていた通り2年後に活かそう」なんて考えていましたが、何か周りの雰囲気は異なり、「あっ、やべぇ……」と(笑)。

──セコンドはみんな泣いてたんですもんね。ところであの大会は「日本最弱」とか格闘技通信の増刊号に書かれたりもしたんですが。

朝日 僕イコール日本全体ではないので、僕がエライ負け方をして日本全てが弱いとはならないと思いますが、まあ、立場的にそうした位置にいましたし、マスコミ的にはそうした刺激的な文言も必要だったんでしょうから致し方無いですよね。本当はただ単に僕が惨敗しただけなんですが(笑)。だから申し訳ないです、日本に。

──なるほど。

朝日 でもあの当時は世界中がそのメソッドを知らなかったことも事実としてあります。やはり情報をキチンと把握しないと勝つことは難しいですよね。かと言って、情報を得たからと言って勝てる訳でもないのですが、とにかく、まだ何もわからない時代ではあったんですよね。そして、あの大会が佐山さんが修斗に関わる最後の大会になったんです。

──まず、そのことについてなんですが、佐山さんはその後に修斗から追放されてしまいます。そして今は総合格闘技という流れとは無縁の世界にいらっしゃいます。そのことについて朝日さんはどうお考えでしょう?

朝日 これについてはより吟味してより正確に話すべきで、容易に話すべきではないと思うんですね。ただ単なる興味本位は何の意味も無いですから。また、20年近く前の事なので忘れてしまった事や記憶のミスもあるかもしれないので、そこは了承していただきたいのですが……簡単に言えば、あの頃の修斗はまだお金の部分で大変であったりしたため、お金の計算の部分は佐山さんでなく「専門的な人に請け負ってもらうようにしよう」というような話を聞いていました。

また、横浜ジムの川口(川口健次=初代修斗ライトヘビー級王者)なども口にしていますが、一時修斗を離れた坂本(坂本一弘=第二代修斗ライト級王者)の戻って来る条件にも、何らかの事があると言うような話も耳にしました。誤解なら申し訳なく思いますが、僕が聞いたのはこの辺りでした。

──ほう。

朝日 やはり餅屋は餅屋であり、例えば王貞治さんは偉大なプロ野球選手ですが、では王さんが会社の経営となると、また話は違いますよね。どんな世界でも違う畑は大変です。ただ単に当たり前の事なんですが、より優れた専門家や本当に力を持つ人間を適材適所で配置すれば、より良く発展する可能性は増しますよね、何事においても。

──それはその通りですね。

朝日 話はいったん逸れますが、2010年の頃に「修斗問題」というものが起きました。組織がおかしくなっていたんです。その際に、僕は修斗協会の浦田昇会長にある企画書を提出したんですね。より良い未来を切り開くために株式会社修斗の設立を訴えたんです。それはありがたいことに世界中の多くの方々からご協力をいただき、億単位の出資規模のもと。

もちろん立場的に伝える必要がある修斗に関わる方々にもこのプランは伝え、海外の方々との話し合いの場を持つこともかなりのパーセンテージで決定していたんです。

──具体的にはどんな内容だったんですか?

朝日 内容はプロもアマもユニファイドルール(UFC等の多くの総合格闘技団体が採用しているルール)を導入し、プロは後楽園でケージ(金網)大会を開催、東京のど真ん中でケージのアマチュア大会を開き、各主要都市にはケージを常設で設置。海外の放送局でも修斗を放送し、ベラトールとも提携、修斗コミッションを廃止し株式会社修斗内の一部門の審判部とするというような多岐に渡る全て即実現可能な企画書でした。

──実現していたら、大きく前進しそうですよね。

朝日 その他にも様々な提案事項も添えて提出したのですが、いろいろと不可思議な状況に翻弄されて、全て頓挫してしまいました。せっかく色々お手伝いしていただいのにも関わらず、多大なご迷惑をお掛けしてしまった多くの方々には本当に申し訳なかった。今でも思っていますね。

──うーむ。

朝日 いずれにせよ、例えば経営には経営の専門家、ウェブにはウェブの専門家、メディア部門にはメディアの専門家を置かねばならないと明言もし行動していました。また、そうした人を見極める目も必要ですよね。

──それは正論ですね。それで、佐山さんが修斗を離れた理由について……。

朝日 佐山さんは、ずっと長い間修斗のために色々なものを賭けていらしたことも、もちろん知っています。また、修斗は佐山さんが創ったものです。グローブも八角系リングもレガースもルールも。そんな方をおいそれと追放なんて出来ませんよね。別に犯罪を犯した訳でないのに。組織内の正式な会議の中で、キチンとした理由のもと、そうした決議が為されたならば、そうした事もあり得るかもしれませんが。少なくとも僕はそう思っていました。

──しかし、佐山聡は修斗から離れた。

朝日 その後色々な話を聞いたりもしたのですが……僕が聞いていなかった話もあったりするんです。もしかしたら、僕がホイラー・グレイシーと試合をするので、気を遣っていただいたのかもしれませんが。まあ、何事にも尾ひれやハヒレが付いたり、話がいつの間にか生まれることもあると 思いますが、僕が知っている話はこれくらいです。

──そうですか。そして朝日さんは修斗を離れたんですね。それはなぜでしょう?

朝日 2010年の修斗問題で、裏であまりに理解出来ない事ばかりが繰り返されて、併せて一部の人間の発言のみ鵜呑みにされ、本質が捉えられる事はついぞ無く、勝手な主観のみで書かれ、正しい報道がなされる事はなかったんですね。『まあ、そんなもんだろうな』と思いながら、僕は修斗から離れました。

──佐山さんが離れた後の修斗でどういった運営がなされていたか、それは部外者である僕にとって知る由もないことです。ただ、昔からの選手や関係者が組織から離れていったのは残念至極な話とは思います。

朝日 ただ、僕は修斗に育ててもらい、修斗があったから今の僕がある事は紛れも無い事実で、本当に感謝しています。佐山さんや木口先生、浦田会長を始めとする多くの方たちに対しては感謝の気持ちしかありません。佐山さんが今どう考えているかは僕には分かりません。

が、佐山さんが修斗から追放されたような形と見えることすら、それはとても悲しいことだと思います。佐山さんがいなくなった後、修斗は一時ブレイクした形となりましたが、あれも佐山さんを始めとする方々が礎を築いてくれたからですよね。

──では、最後に今後の格闘技界、若い選手求めることはなんでしょう?

朝日 僕なんぞから言う事なんて無いです。「奇人」とかいう訳の分からないニックネームを付けられるんじゃねえぞ!って事くらいですかね(笑)。まあ、それはそれとして、ただ言えるとしたら、やっぱりプロ野球やメジャーリーグなどを見ていて思うのが、彼らは本当にプロだなってことです。プロフェッショナル。

僕の考えるプロの基本定義は、先ず師から技を習い、そこに術を付けて技術とし、その技術を芸まで昇華させて、やっとプロの第一歩。そして、その芸を魅せて、見ていただいた方に何かを感じていただく。「オレも頑張ろう」でもいいし、見ていただいた方にとって何らかの生きる活力となる事だと思うんです。

──なるほど。大切なことですね。

朝日 そして、沢山の人に喜んでいただく存在になり、人様のお役に立つと。 たまに「テレビ番組に出して下さい」と言うような発言も聞きますが、ノド自慢じゃないんだから、それはプロのセリフでは無いですよね。価値が無いから呼ばれない訳で、価値がある存在ならば呼ばれるでしょ。僕なんて三流のまま終わってしまいましたが(笑)、選手の時はディズニーランドとスピルバーグが相手だと勝手に思っていました。幸せなマインドセットです(笑)。

──ぶははは。

朝日 「奴らを見るのか、オレを見るのか、選びやがれ」と。今はデザインや創作をする絵描きとしてそのマインドは全く変わらず、いや、より酷くなっているかもしれませんが「早くオレに気付いた方が得だぜ……」と思っています(笑)。いつものようにこれは本気なんですが、ハイ(笑)。

その点でも佐藤ルミナや徳郁はプロでしたが 、そうしたアイコン的存在が増えれば競技を志す人も増えますし、となると競争率が高まり必然的に競技レベルが上がります。

──改めて感じますけど、やっぱりスターの出現って大きいんですね。

朝日 その国に於いて、ある競技が発展するためには、ナショナルチームやA代表が強くなり世界チャンピオンが生まれることが大きなファクターの1つですが、高い競技レベルから生まれた「頂」は、より世界の頂点に至る可能性が高くなる。よって、クラーク博士の”Boys,be anvisious!”の如く、周りから『アホか?あいつは』と言われても高い意志を持ち続け、つまらない大人が作ったつまらない常識など突破し、次の新しい未来に繋がる世界を創ってほしい。そう願っています。

(了)

インタビュアー・細田昌志氏の最新刊(amazonはこちらから)
朝日昇公式サイトA-pop.tv http://www.a-pop.tv
朝日昇の主宰する総合格闘技道場 TOKYO YELLOW-MANZ
 http://www.yellowmanz.com