「マウントパンチ」誕生の瞬間を語ろう~朝日昇インタビュー

最強さんいらっしゃい【第6回】
細田 昌志 プロフィール

地獄のサーキット

──では、そこで佐山さんの指導を受けたと。

朝日 いや、最初はそうではなくて、北原さん(北原光騎。その後プロレスに転向。全日本プロレス、SWS、WARに所属)や、勝山さん(勝山恭次。その後シュートボクシング、キックボクシングで活躍)たちでしたね。しかし、一般向けのカリキュラムですから仕方ないんですが、何か練習が違うんです。

いる人たちの多くもペチャクチャくだらないことを喋ってばかりいて全然練習しないし、身体も顔もどう見てもアスリートではない。野球部の練習に比べたらフードコートでソフトクリームを食べているような感じなんですよね。

──なるほど。当時はまだ「タイガーマスクの佐山聡に会えるから」ってことで入会した人も多いでしょうからね。

朝日 だから、そうしたクラスを抜けて勝手にやり始めました(笑)。しかし、何かオーラが違う人がいる。それが渡部優一さんです。二つに分けての対抗戦のような練習試合に、まだペーペーだった僕も参加させていただいたんですが、そのときに指名され、30秒位で粉砕されました(笑)。と同時に「良かった。こんな人がいるんだ。この人を倒せばいいんだな。」と思ったんです。

──おお! 出会いがあったわけですね。渡部さんは足利工大附高で三沢光晴と同級生。それから大学レスリングも経験された猛者ですが、やっぱり違いましたか?

朝日 違いました。時系列は失念してしまいましたが、実はその頃、高校の野球部の4番で部室では僕の隣の席だった友達と、中学で仲が良かったけれどケンカ別れしたまま卒業してしまった友達が、確か2週間位の間に相次いで亡くなってしまったんです。葬式で、ケンカ別れしたままの友達の焼かれた骨を拾って。

そのときに「俺も今日死ぬかもしれないんだな。俺は今まで何一つ真面目にやった事なんてない。今日死んでも悔いの無いよう、且つ、こいつらの弔いのためにも毎日を全力で、いつ死んでも後悔の無いよう生きよう」そう考えるようになったんです。

──確かに大きい出来事ですね。

朝日 そのときシューティングをやっていたので、生まれて初めて真面目に取り組んだのがたまたまタイミング的にシューティングだったということです。 それまでは本当にチャランポランで、人を笑かしてナンボとか考えたりしていたので。かと言って、プロの芸人になる度胸も無いし……。

それでジムは週3日コースでしたが、いつも欠かさず行っていると「毎日来ていいよ」と言われるようになり、金曜のビクトル古賀先生のサンボや、月曜の木口先生のレスリングにも参加するようになりました。そして、その木口先生のレスリングクラスが、まあしんどい!

──当時、木口先生って四十台後半とかですか?

朝日 先生の歳をあまり知らないんですが、今より若かったのは事実です(笑)。その後、ジムに入って1年目の後半に佐山さんが「木口道場でもシューティングを始めるから、行く奴いるか?」と言われたので移ることにしたんです。僕の家は横浜ですから、そちらの方が近いので、伊藤裕二と田代(のちキックボクシング世界王者の港太郎)、草柳和宏の4人で行きましたが、皆、あまり練習に来ず、木口先生には年柄年中マンツーマンでボッコボコにされました(笑)。

──木口先生を独占したわけですね。

朝日 2時間位やる訳なんですが、いわゆる木口トレーニングを1時間45分位やり、もうフラフラの処からスパーリング(笑)。僕なんかクソ弱くて、元から木口先生には歯も立たなかったのですが、加えて、この状態からですから、もうどうにもならない(笑)。

しかし「クソ ったれが、見てろよ。けど、小手先のテクニックなんか幾らやっても木口先生には絶対に勝てない。クソミソにパワーアップしてやる!」と、木口トレーニングをやる前にランニングやウェイトトレーニングをやりまくりましたが、相変わらず全く勝てずにボッコボコ(笑)!

──燃えてたんですねえ!有名なのが、地獄のサーキットトレーニングとかよく聞きますが。

朝日 呼吸を止めてサーキットをやり、呼吸した数のぶんだけ、延々とダッシュとか、ブリッジしてベンチプレス40kgとか色々やりましたが、本当に勝ちたかったら、これくらいはケロッとしてやらなきゃダメだなと思っていました。出来ない自分がレベルが低いだけだし、もっともっと練習して、とにかくレベルを上げなくてはならないと。

後年は五味(五味隆典=プロ修斗・PRIDE・UFCで活躍)なんかがよくやっていたようですし、近年は水垣(水垣偉弥=プロ修斗・WEC・UFCで活躍)もやったんですかね? もしかしたら、現代の最新トレーニングとは対極の位置に存在するものかもしれませんが、輪廻転生で再び最新となっている可能性もあるかも(笑)。

──輪廻ですか!(笑)

朝日 まあ人様より上回りたかったからシンドくて当たり前ですよね。木口道場で月曜から金曜にシューティングも始めましたが、みんなあまり来ず、格闘技を始めて2年目の僕が格闘技を教えていました。ほぼ誰に教わることもなく、様々なことを自分で考えなくてはいけない環境でしたけど、結果自分で考えることをより学べたので、これは格闘技だけに限ったことじゃなく、とても大きな財産になりました。

また、土日の木口道場はちびっ子レスリング教室で、コーチにレスリングを学ぶため、子供にまじって僕も参加していましたが、そこにいたのが、まだ小さな山本美憂や徳郁(山本KID徳郁)や聖子でした。

──おぉー、山本ファミリー!

朝日 あいつらはまだ子供でしたけど、美憂はTVで見たこともありました。あの頃の木口道場のちびっ子には2人の全国チャンピオンがいたと思うのですが、徳郁はその一人だったはずです。後年、徳郁はMMAをやり、今は美憂やアーセンまでMMAをやるようになっていますが、あの一家の能力は凄いです。

どんな分野においても、突破する人たちは同じような要素を持っていると思うんですが、目に見えるものから目に見えない感性的なものまでまるで違います。他にも能力の高い人達に遭遇させてもらいましたが、まともに対峙しても勝負になんかなりません。

──そういうもんなんですね。

朝日 アスリートとして僕はごく平凡な能力しか無いので、「アタマを使って、必死にやるしかない!」と言う結論に至りました(笑)。徳郁 なんかと真正面からぶつかったら、大きな事故が起きますよ(笑)!

──それで佐山先生とも出会うわけですか? しかしすごい濃密ですね。

朝日 世間的には高校から大学を卒業し、そして就職してという過程だと、なかなか遭遇しにくいような色々な人たちに会えたことはとても幸運だと思います。また「昔は~だった。」とか単なる懐古主義に浸るつもりも全く無いですが、以前は「総合格闘技」というジャンルがそもそも存在しません。そんな時代に様々な経験を出来たこともとても有難いことですよね。その中でも、もちろん佐山さんの存在は最も大きかったですし。

──始まるんですね。こっちも地獄の……。

朝日 いや、全然地獄じゃないですよ(笑)。今もYoutubeにあがってるやつのこと言ってるんでしょ。