「小池人気」の風が消えた希望の党は、このまま墜落するのか

あまりに早く駆け上がりすぎた
岩崎 大輔 プロフィール

「強制国替え」の裏側

都議選同様、「政治の素人」「女性」を多く登用し、「しがらみ政治からの脱却」をスローガンに掲げている希望の党。小池代表独特の政治手法は都知事選、都議選と結果を残した。独自色の強い「小池式」は、うまく回ればとてつもない力を発揮するが、反面、リスクも大きい。

今回の衆院選でも多くの議員が「国替え」を指示され、戸惑いを払しょくできないまま選挙に突入してしまった。政治家にとって地盤(組織)、看板(知名度)、カバン(資金)は必須。自分が心血を注いで作り上げた地盤を譲れと言われれば、戸惑うのは当然だろう。

 

05年の郵政選挙で「刺客騒動」が沸き起こったことは記憶に新しい。当時、小池代表も兵庫6区の地盤を捨て、郵政法案に反対した小林興起議員の東京10区に「刺客」として舞い降りた。自ら退路を断つことで、覚悟を見せたのだ。

今回の選挙でも「あの時、私に出来たのだから、皆もそれをやりなさい」ということなのだろう。元職は言うに及ばず、現役の政治家にも地盤を捨てさせたのだから、恐れ入る。

東京9区から、石原伸晃元東京都連会長の地盤である東京8区へと「国替え」を指示された木内たかたね氏(当選2回)が、その経緯を語る。

「結党大会の日(9月26日)、壇上に上がる寸前に小池代表から『(あなたは)杉並ね』と、突如(9区から杉並区を中心とした8区への)国替えを言われました。その後、ポスター撮影の時(10月1日)にも『(相手は自民党の石原)伸晃ね。頑張ってね』と。口だけ笑って、目は真剣。決意が伝わってきました」

この神通力により、多くの議員が「国替え」を了承している。匿名を条件に、その内幕を候補者がこう語る。

「私は選挙区を変えるのを渋りました。すると側近の若狭(勝)さんが、7月の都議選での、町田市の例を説きはじめたのです」

先に行われた都議選は、島部を除けば都民ファーストが圧勝した。浮動票が5割に迫る都市部の選挙で、もっとも象徴的と言われたのが町田市であった。町田市では、公示4日前に都民ファーストの公認を受けた奥澤高広氏が5万5000票をたたき出し、トップ当選を果たしたのだ。

都民ファースト関係者がこう続ける。

「下手に地域での知名度がある区議や市議出身者よりも、手垢のついていない『ズブの素人』の方が集票力があった。半端な玄人よりも、まったくの新人のほうが有権者の支持を集めやすいことがわかりました。

選挙だからと言って必死にドブ板をしていた候補者よりも、子育て中の女性候補者を並べたことで、男性、女性からも票が取れる候補者が圧勝できた。ある種、驚愕のデータでした」

しかし、この戦略は「強風」が吹いてこそ成立する。風がやんでしまえば、違う選挙区に「飛ばされた」候補者たちが戸惑うのは当然である。

小池知事は10月21日から25日までフランス・パリへと出張をする。選挙戦最終日の夜に出発するということは、ギリギリまで選挙を戦う姿勢は見えてくる。希望の党が華々しい戦果を収めることができればいいのだろうが、大敗を喫するようなら、「パリに飛んで逃げていった」と、これまでにない「逆風」を浴びることになるのではないか。