2020年、格差拡大で「東京暴動」が起こるかもしれない

拭いきれない不安がつきまとう
川崎 大助 プロフィール

これはデイヴィスの出身地がロンドン北部のマズウェル・ヒルと呼ばれる地区だったから、まずは「名前引っかけ」なのだが、それだけではない。

ヴィクトリア朝時代に築かれた古いコミュニティがどんどん破壊されていく現代社会のなかで、下層労働者階級の生活がいかに不確かなものとなっているのか、というテーマについて、哀切ただようユーモアで表現した佳曲が並んでいるアルバムだった。

ジャケットは庶民の憩いの場である「パブ」の写真だ。つまり「都市生活者であるはずの、ロンドンの労働者階級である俺らもまた、アメリカのヒルビリーみたいなものなんだよなあ」と感得してしまったデイヴィスが作り上げたアルバムがこれだった。

「マズウェル・ヒルビリーズ」のアルバムジャケット

収録曲の「マズウェル・ヒルビリー(Muswell Hillbilly)」という曲では、彼が大好きなアメリカのカントリー音楽のマナーにのっとって、こんなふうに歌われる。

「だって僕はマズウェル・ヒルビリー・ボーイ/でも心は古きウェスト・ヴァージニアにある/見たことないニューオーリンズ、オクラホマ、テネシー/ずっと夢見てるんだ、一度も見たこともないブラック・ヒルズを」――この主人公は、「アメリカを夢見ていた戦後の日本人」と、驚くほどよく似ているではないか。

 

近年の例で言うと、映画『アタック・ザ・ブロック』(2011年5月に英国で公開)は外せない。低予算で作られたSFアクション作品なのだが、タランティーノ監督が同年のベスト映画のひとつとして挙げるなど、センセーションを巻き起こした。

ストーリーはこうだ。

現代のロンドン南部、低所得者向けの公営住宅ビルが日本の団地のように並ぶ「ブロック」に、突如、空から宇宙生物が降ってくる。「そいつら」の牙に、団地の住人が次々餌食となる。これと戦うのが、そこに住む10代の不良少年たち。警察はあてにならないので「自分たち」だけで怪物を倒さなければならない。

ろくな武器もなく、ナイフや「ナルトみたいな」忍者刀、ロケット花火や自転車を駆使して対抗するのだが……という内容に、多くの観客が喝采した。泣いた。

泣きどころは、リーダー格の不良少年「モーゼス」にある。彼は最後の最後まで、自己犠牲的に身体を張って「団地の仲間たち」を救おうとするからだ。

同役を演じたジョン・ボイエガはこのときほぼ無名の新人だったのだが、その圧倒的な存在感と演技力が賞賛され、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年公開)では主要キャラクターのひとりとして抜擢される成功を得た。

下層階級による暴動と略奪

と、こうした栄光に包まれた同作の評価が、あっという間に一転しかねない大事件が「現実世界」で発生したのが同年8月だった。「2011年イングランド暴動」という名で知られる、ロンドンに端を発し、一週間近くにわたりイングランドの各地で吹き荒れた騒乱のせいで、『アタック・ザ・ブロック』は「団地の不良を美化しすぎている」という批判を浴びることになってしまう。

それほどにこの暴動はひどかった。

きっかけは、ロンドン北部のトッテナムにて、黒人男性が警官に射殺されたことだった。その事件への抗議から無秩序な暴動へと発展し、街に火が放たれ、暴力と略奪が相次ぎ、死者も出た。エンフィールドにあったソニーの倉庫が燃やされたことは、ご記憶の人も多いだろう。

ただ日本での報道は正確でなく、ニュースではまったく触れられていなかったのだが、じつは燃やされたものはソニーの商品だけではなかった。その倉庫は、ヨーロッパ最大規模のインディー・レコードのディストリビューター(卸売り業者)である〈PIAS〉が借り上げていたものだったからだ。そこには、音楽シーンをリードしていた170以上ものインディー・レーベルの作品群がストックされていた。

だからこのとき、BBCのニュースを聞いて僕は真っ青になった。財務体制が貧弱なインディー・レーベルが不意に商品を失うことは、死活問題へと直結するからだ。同地でレーベルを経営するイギリス人の友人のうち、頭に顔が浮かんだ最初の男にすぐさま僕は連絡した。

「大丈夫か?」との僕の問いかけに彼は「最近はリリースが少なかったから、いまはたまたま、あそこには商品を預けていなかった」とのこと。そして彼は続けて、イギリスが誇る1977年デビューのパンクロック・ヒーロー、ザ・クラッシュの曲にかけて、自嘲的にこんな冗談を言った。

「London WAS burning! Haha...」

77年のクラッシュは「ロンドンは退屈のせいで燃えている」と歌った。かつてのイギリスでは、ロック音楽のなかにつねに一定数の反体制ヒーローがいて、聴き手とともに社会の不公正に立ち向かっている――かのような構図があった。

それは「古すぎる話」だったのか。あるいはもとから幻想でしかなかったのか。暴徒たちにとっては、音楽など、インディー・レーベルなど、どうでもよかったのだろう。略奪もそこそこに倉庫は破壊され、なにもかも焼き尽くされてしまった。

このとき「燃やされてしまったレコードやCD」から盛大に立ちのぼる黒煙をBBCの映像で見ながら、「これまでとはまったく違う」イギリス社会が、すでにそこにあることを僕は強く感じた。

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