世界で5番目に臭い食べ物「くさや」は、かくして生まれた

発酵文化人類学的に読み解くと…
萱原 正嗣 プロフィール

現代版「ブリコラージュ」

対してイタルさんも、パンづくりでさまざまな「制約」を自らに課している。「タルマーリー」では、砂糖やミルク、バターや卵を一切使わない。これらはどれも、日本でパンづくりに欠かせないと言われているものだ。

「小麦と酵母と塩と水だけを基本材料に使い、水分量や、酵母の種類や組み合わせも変えて、何種類ものパンを表現しています」

工房でパンを製造する渡邉格さん(撮影:川瀬一絵)

酵母の種類だけでも、酒種(日本酒酵母)・ビール酵母・レーズン酵母・小麦の全粒粉酵母の4種類。ビール酵母と他の酵母を組み合わせ、全18種類のパンを提供する。

「天然酵母(野生酵母)でつくるパンは、硬くて酸っぱいものになりがちですが、僕らは野生の菌を使いながら、柔らかくもちもちしたパンを目指しています」

こうした「制約」から生まれるほかにはないオリジナリティが、根強いファンの心を掴んでいるのだろう。

さらに言えば、タルマーリーが発酵の際に、「野生の菌」しか使わないのも大きな「制約」のひとつである。パンは「野生の菌」ではなく「純粋培養菌」を使うのが常識の発酵業界とは対極にある製法だ。

「純粋培養菌」とは、菌を工業利用するため、発酵に適した性質を持った個体(株)を選別し、人工的に培養した菌のことだ。

 

菌も生物である。同じヒトのなかにも多様な個体がいるように、同じ「酵母」のなかにも多様な個体(株)がいる。そのなかから、たとえばパンやアルコールの製造に適した性質を持つ個体(株)を選別し、それだけを純粋に増やしていく。

「純粋培養菌を使えば、パンの発酵は誰でも割と簡単にできるし、毎日安定的に生産できます。とてつもなく便利ですが、僕にとっては作業が単調で、つくる面白みをあまり感じられませんでした」と、イタルさんはパン屋修行時代を振り返る。

対して「野生の菌」は、多様な個体(株)からなる集合体だ。「いろいろな性質の菌がいるから、発酵の工程や品質の管理が難しくなる」とヒラクさん。

「パンやアルコールを工業的に大量生産するには、毎回同じ手順で同じ味に仕上げる必要があります。『純粋培養菌』が重宝されているのはそのためです」ともヒラクさんは言う。

だが、イタルさんからすれば、その「難しさ」のなかにこそつくる「面白さ」がある。難しいからこそ、「創造力」が刺激される。

「『野生の菌』のなかにはいろいろな性質を持ったものがいます。つくり手が発酵の状態をよく見極め、適切に手をかけなければ、いい状態に仕上げられません。だんだん菌の癖が分かってきたなと思っても、とんでもない失敗作が出来上がったりします。

この、どこまで行っても分からない感じが面白く、『野生の菌』での発酵にどんどんのめり込んでいきました」

「野生の菌」にはそれだけではない、タルマーリー夫妻を惹きつけてやまない特徴がある。「菌がものさしのような役割を果たす」という特徴だ。

最初の発見は、同じ作物でも栽培方法が違うと、作物が発酵せずに腐敗してしまうことだった。顕著だったのは、過度に肥料を与えられた「メタボな作物」を使ったときのこと。「野生の菌」が、作物が肥料から吸収した多量の栄養分を分解しようとして、作物を腐らせてしまったのだ。「タルマーリー」が無肥料・無農薬の「自然栽培」の作物にこだわり、優先的に仕入れるようになったのも、「野生の菌」が自然栽培の作物をうまく発酵させてくれるからだ。

イタルさんは、最近になって気づいたことがあるという。

「近くの田んぼで農薬が散布されると、菌の採取ができなくなります。科学的な検証はできていませんが、おそらく、空気中の化学物質を分解しようとして菌の生態系が変わることが原因ではないかと思います」

「野生の菌」と付き合うには、人間の側にも「野生」が求められる。自身の野生を研ぎ澄ませ、タルマーリーは、今日もパンづくり・ビールづくりに取り組んでいる。これぞ、現代の「ブリコラージュ」である。