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世界で5番目に臭い食べ物「くさや」は、かくして生まれた

発酵文化人類学的に読み解くと…

人間の役に立つ「菌」の働き

ここ数年、「発酵」に注目が集まっているらしい。

「えっ そうなの?」と思った方も、塩麹や乳酸菌飲料など、身体によい発酵食品を食生活に積極的に取り入れる「菌活」という言葉を耳にしたことがあるはずだ。

「発酵」とは、微生物が人間の役に立つ働きをすることだ。こうした微生物を「発酵菌」と呼ぶ。代表選手は、麹菌、納豆菌、酵母、乳酸菌など。これらの菌は、さまざまなものを食べて分解し、人間にとって有益なものを提供してくれる。

例えば、大豆や米、麦からつくられる味噌は、それらに含まれる成分を、麹菌や酵母、乳酸菌が分解し、それによって滋味や栄養が増したり保存がきくようになったりしたものだ。ヨーグルトもまた然り。牛乳に含まれる成分を乳酸菌が分解し、保存食や栄養食として食べられてきたものだ。

すべて微生物が人にとって良い働きをしてくれるわけではない。なかには人体に害をもたらす「腐敗菌」も存在する。

では、「発酵」と「腐敗」の差はどこにあるのか。

それは、「人間の役に立つかどうか」だ。微生物の働きを、人間が<勝手に>呼び分けているに過ぎない。その恣意性は、この分類尺度が文化圏によって異なっていることからも見て取れる。納豆やブルーチーズを「臭くてとても食べられない」という人がいるように、何を「役に立つ」と判断するかは、文化や嗜好に大きく左右される。

発酵食品の歴史は古い。パンやビールは、農耕文明が生まれた古代のエジプトやメソポタミアで、6000年ほど前からつくられていたと言われている。いずれも、酵母が麦を分解してつくられる過程で生じる成分を活用したものだ(ビールは「液体のパン」とも呼ばれていた)。

日本では、奈良時代に編纂された『古事記』(710年)や『日本書紀』(720年)に「酒」が登場し、同じく奈良時代の木簡に、瓜の塩漬けの記録がある。

 

このように、わたしたちの祖先は、何千年という歴史のなかで「人間にとって役立つ発酵菌」を見つけて活用してきた。こうした積み重ねによって「発酵文化」は育まれている。

多様な発酵文化は「制約」から生まれた

そしていま「発酵」に着目し、微生物の活動をつぶさに観察することで、現代に潤いをもたらそうとしている人物がいる。

ひとりは、鳥取県八頭郡智頭町で「タルマーリー」というパン屋を営む、渡辺イタルさん。もうひとりは「発酵デザイナー」という肩書で、目に見えない発酵菌のはたらきをデザインの力で可視化する活動をしている、小倉ヒラクさんだ。

イタルさんは『田舎のパン屋がみつけた「腐る経済」』という本を、ヒラクさんは『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』という本をそれぞれ著し、ともにベストセラーになった。今でもこの本は売れ続けている。

ここで紹介した2人は互いによく知る仲だ。その2人が、発酵に関して興味深いことを語っている。世界と日本の各地で多様な食文化を生み出した発酵には、「働き方」や「クリエイティビティ」の面で大きなヒントがあるという。

「必要なものがない以上、代わりに『そこにあるもの』で何とかしようとする。その『制約』が、つくり手の『創造力』を刺激する。それが、多様な発酵文化を生み出してきたのだと思います」

こう語るのは「発酵デザイナー」のヒラクさんだ。

発酵について熱く語る小倉ヒラクさん。身に着けているTシャツは、『発酵文化人類学』の発刊を記念し、書籍のカバーデザインからつくられた(撮影:タルマーリー)。

発酵食品は多様だ。西洋文化圏におけるパンやビール、ワインにウイスキー、ヨーグルトやチーズ、東洋文化圏における味噌や醤油、納豆やキムチ、日本酒、焼酎。これらはいずれも発酵食品である。

ここで挙げた発酵食品はほんの一部だ、これらの広く流通している発酵食品のほかにも、世界や日本の各地に、その土地固有の風土や文化に根差した独特な発酵食品が数多く存在する。

そのなかでも際立って個性的な発酵食品が、スウェーデンの「シュールストレミング」と北極圏の氷雪地帯に住むエスキモー(イヌイット)の「キビヤック」である。

「シュールストレミング」Photo by iStock

前者はニシンを塩漬けして発酵させ、そのまま缶に詰めたもの。後者はアザラシの死骸の内臓にウミツバメを詰め、地中に埋めて数ヵ月から数年にわたり熟成発酵させたものだ。

ともに強烈な匂いを伴うようで、ネットで見かける「世界の臭い食べ物ランキング」には、「シュールストレミング」が第1位、「キビヤック」が第4位に挙げられている。