なぜパンダの故郷・四川では大地震が多発するのか

「生物地理学」の不思議シリーズ
青山 潤三 プロフィール

それを証明するかのように、近年中国では、「パンダはチベット固有の生物か、それとも四川(中国)固有の生物か」という、政治的イデオロギーにも繋がる議論が起きているようです。しかし、その問いに対する正確な答えはおそらく「どちらでもない」というものになるでしょう。

というのも、パンダの生息地域は、標高3000〜5000mの山岳地帯から500mの四川盆地まで一気に切れ落ちてゆく、まさに両者の「境界」だからです。野生のパンダは、古くから漢民族が住んできた地域と、急峻なチベットの山岳地の環境を、行き来しつつ暮らしているのです。

 

メキシコ地震とも関連がある?

ここからは筆者の仮説ですが、この「地震多発地帯には珍しい生物が多い」ということを証明するような事態が、今まさに世界の別の場所でも起きています。それは今年9月以降、メキシコで相次いでいる大地震です。メキシコでは、9月8日にチアパス州・オアハカ州でM8.2、19日にプエブラ州でM7.1、23日にオアハカでM6.2と、たて続けに強い地震が起きていることはご記憶の方も多いでしょう。

これら3つの地震のうち、最初と3番目の地震で最も被害の大きかった南部のチアパス州オアハカは、蝶の研究を専門とする筆者にとっては思い入れの強い地域です。それはオアハカ周辺に、(私にとって)パンダにも負けず劣らず魅力的な、興味深い形質を示す蝶が生息しているためです。

この蝶について詳しく解説すると、とてもこの原稿には収まりきらないので、またいつか稿を改めて記すことができればと思います。なぜメキシコの特定の地域にだけ、そのように特殊な蝶が棲んでいるのかーー筆者には、中国とチベットの狭間でパンダが暮らしているのと同じく、メキシコもまたプレート同士がぶつかり合う「境界」の地域だからではないかと思えてなりません。

2つの異なる世界の端と端が出会い、異質なものが混在する空間には、複雑で魅力的な環境が出現します。様々な珍しい生物が混在する地域は、えてして「辺境」であると考えられがちですが、立脚点を変えれば、多様な生物がそこから展開してゆく「マザーランド」であると捉えることもできます。 

チベットがそうであるように、地震の多発地帯は、しばしば人間(異なる人種・民族)の紛争の地でもあります。野生生物たちとタイムスパンは全く異なりますが、ヒトもまたこのような境界地域でせめぎ合いを続けています。四川省とメキシコ、これら世界有数の地震の巣が、一方で他に類を見ない豊かな自然を育んでいるのは、故なきことではないはずです。

最後に蛇足ながら、もし今後、中国・四川を訪れてパンダに会いに行きたいという読者の方がいましたら、ひとつご提案があります。

成都を訪れる観光客は、必ずと言っていいほど、市内の動物園で飼育されているパンダを見に行き、パンダと一緒に写真を撮る(ちなみに子パンダを抱っこして撮ると、3万円を超える額の料金を請求されることもある)そうです。しかし、どうせ野生のパンダの故郷のすぐ近くを訪れるのなら、ぜひ前述した「グリーンベルト」まで足を運んでみていただきたいのです。

急峻な山肌から無数の滝が流れ落ちる宝興渓谷(筆者撮影)

グリーンベルトまではタクシーを使えば、さほど苦労せず向かうことができます。有名な観光地でもない「ただの山」に行ったって、何の魅力もないと思われるかもしれません。またもちろん、一般の観光客が野生のパンダを目撃できる可能性は低いでしょう。

しかし、野生のパンダと同じ空気を吸い、彼らが暮らす山々にどんな木々が生え、花々が咲いているのかを実際に目にすることのほうが、動物園で高額な料金を払って写真を撮るより、よほど貴重な体験のように筆者には思われるのです。