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知名度ゼロでいきなり世界を獲った覆面ユニットの「ヒットの方程式」

その名は"AmPm"
柴 那典 プロフィール

広告費を投下し、プレイリスト掲載を狙う

——そもそもAmPmというユニットはどう始まったんでしょうか?

「まず、私と相方(AmPm_左)の2人で2015年の3月に会社を立ち上げたんですね。もともと私はデザインやマーケティング、相方は音楽やイベント関連の仕事をしていた。一緒の会社を作った後も、それぞれの事業をしていたんです。

そこで2人で何か自社発信のプロジェクトを作ろうということで、まずは曲を作った。それが始まりです」

——ということは、ミュージシャンとして音楽活動していこうというよりは、ある種の事業として音楽を作ろうという発想があったということですか?

「そうですね。ただ、正直に言うと、最初は採算を度外視してました。ある種のメディア的なプロジェクトとして考えていたんです。

デビュー曲の『Best Part of Us』ではMichael Kanekoというヴォーカリストを起用しているんですけど、AmPmというプロジェクトを踏み台にして彼のようなヴォーカリストが有名になってくれればいいと思っていた。

当然、それにまつわる各種の費用は赤字でもいいと思っていました。Michael Kanekoに出会ったのも、彼がYouTubeに最初の音源をアップして、その再生回数が100回にもなってないくらいの時に見つけて問い合わせたのがきっかけです。

彼のような素晴らしいアーティストと一緒に良い歌を届けることがしたい。そういう意味では音楽ファンである僕らの趣味の延長でもありました」

——なかば趣味、なかば先行投資という位置づけだった。

「そうですね。もちろんビジネスにはしなきゃいけないと思ってましたけれど、これをきっかけにデジタルマーケティングや楽曲制作など、別のところで仕事をいただいたりすることにつながれば十分だと思ってました」

 

——お話を聞いていると、いわゆる「バンドを組んでメジャーデビューしよう」というような考えとは全く違う発想からスタートしているわけですね。

「全く別ですね。なので、考え方としては会社の新規事業部に近い位置付けです」

——2015年の時点ですでに曲はあったということですが、AmPmとしての活動方針が固まっていったのはいつ頃のことなんでしょうか。

「それからずっと、季節の変わり目ごとに『今かな?』とか『いや、今の季節感とは合わないかな』という感覚的な判断を繰り返していて。

その一方でヒットチャートの傾向を読みながら、タイミングを見計らっていました。その結果、たまたま2017年の3月にリリースされたという感じですね」

——「Best Part of Us」はSpotifyが起爆剤になってヒットしたわけですが、これはどういった戦略があったんでしょうか。

「正直、最初はSpotifyにプロモーションを注力しようと考えていたわけではなかったんです。ただ、本業がデジタルマーケティングなので、実験の意味も含めていくばくかの広告費を使いました。『こういうところにお金を使ったらどうなるのかな』ということをやったのが、リリースしてから最初の1ヵ月くらいですかね」

——差し支えなければ、どういうところに広告費を使ったのかを教えてもらえますか?

「海外に、いくつかの音楽に強いプラットフォームがあるんです。soundcloudやYouTubeに、良質な音楽をまとめてプレイリストを提供するチャンネルがある。

その多くは、実は作り手側がお金を払ってそのプレイリストに載せてもらっているんです。そうして曲を広めてもらうというビジネスモデルが成立している。

もちろん楽曲のクオリティ的にOKをもらえたらですけれど。そういう中で気になるサービスにはアプローチしました」