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「悪夢のような成年後見制度」役所を訴えた、ある娘の告白

成年後見制度の深い闇 第9回
長谷川 学 プロフィール

敗訴してもなお、執拗に迫る市役所

ところが驚くべきことに、この名古屋高裁の判決を受けても、母娘の苦難は終わらなかった。母娘は、申立人である桑名市に後見申請を取り下げてほしいと何度も交渉したが、桑名市は後見にこだわり続け、津家裁があらためて母親への精神鑑定を強行するに至ったのだ。

2017年5月に行われた精神鑑定の結果は、「後見不要」。

次女はその後の医師との会話をはっきりと覚えていると話す。

「鑑定結果は『補助相当』でした。鑑定した先生にあとでお話をうかがいましたが、『お母さんに後見をつける理由がわからない』とおっしゃっていました」

 

認知症の程度が重い人につけられる「後見人」とは異なり、「補助人」については、成年後見制度を利用して自分につけるかどうかは、被後見人つまり本人の同意が必要だと法律に明記されている(民法第17条)。補助相当との診断が出た場合でも、本人が「後見制度は使いたくない。補助人もいらない」と断れば、つくことはない。

本来、成年後見制度では、本人意思が第一に尊重される。このことは、声を大にして強調しておきたい。

後見類型で分ければ、「後見」の場合は家裁の職権で後見人をつけることができるが、判断能力が相当程度あると認められる「補助」類型の場合は、本人が「いらない」と拒めば、後見制度を利用しなくてもよいわけだ。

ところが、である。

桑名市は、事ここに至ってもなお、後見制度の利用に固執した。母娘の意思を無視して、今度は「後見人」ではなく「補助人」をつけるよう家裁に申請を出し直したのである。

だが、母親自身が「補助もいらない」と言っている以上、そんな押しつけが通るはずもない。桑名市がようやく、後見制度の利用を押しつけることを断念したのは、2017年7月になってからだった。2016年9月初めに、母親が突然、連れ去られ、一時保護をされてから10ヵ月近くが経過していた。

「悪夢から身を守れたのは、ただ幸運だったから」

その苦難の10ヵ月を振り返り、次女は「私たち家族にとっては地獄の日々でした。母親の施設費用や裁判費用など、出費もかさみました」と話し、さらにこう続けた。

「桑名市の対応について、他の自治体の方にお話を聞いたところ『一時保護の仕方を含めて、異常な介入だ』と驚いていました。虐待認定や成年後見制度の運用の仕方は自治体ごとにバラバラなようです。それでも、自治体が強権を発動したら、市民にはなかなか抵抗することができません。

今回は幸い、私たち母娘はかろうじて、悪夢のような成年後見制度から身を守ることができました。でも、それは本当に幸運だったからとしかいいようがない。自治体や家裁、専門職後見人らの横暴から市民を守るためには、やはり制度を監視する、第三者機関を作ることが欠かせないと思います」

認知症のお年寄りの暮らしと財産を守るという、本来の趣旨から大きく逸脱し、かえって本人や家族の幸せを踏みにじるような結果を生むなど、さまざまな問題が指摘されている現行の成年後見制度。

今回の問題を受け、母娘はこの10月にも国賠訴訟を起こすわけだが、この訴訟は、いわゆる社会的弱者である認知症の家族を抱えた人々に、不合理な制度運用をごり押しして不幸の上塗りをするような、行政、司法と利権に群がる弁護士ら専門職後見人に対する、市民の心からの抗議でもあると言っていいだろう。

今後の展開次第では、誤診によって「後見相当」という診断書を発行した医師の責任も追及されることになる可能性がある。

本ルポでは、事件の大きな構図や経緯をお伝えしたが、このケースで市役所や専門職後見人が行った仕打ちの数々や裁判の詳細な経過については、次回にご紹介したい。

(第10回はこちらから

※ちなみに、後見開始審判に際しての精神鑑定のあり方について、家裁を統括し、成年後見制度の利用促進をはかっている最高裁判所事務総局家庭局は、精神鑑定を行う医師に向けた手引書である「成年後見制度における鑑定書作成の手引き」(http://www.courts.go.jp/vcms_lf/30475001.pdf)に、次のように記述している。

第2 鑑定書作成上の留意事項
1 成年後見制度における鑑定
家庭裁判所は、後見及び保佐開始の審判をするには、本人の精神の状況について医師その他適当な者に鑑定をさせなければならないとされていますが、明らかに鑑定の必要がないと認めるときはこの限りではありません。(中略)
本人の能力の判定が慎重に行われるべきであることはいうまでもありませんが、一方で、我が国の社会が近年急速に高齢化している中で、利用しやすい制度として作られている現行の成年後見制度を運用するに当たっては、鑑定に要する時間や費用をこれまでよりも少ないものにして、手続をより利用しやすくすることが求められています。その意味で、成年後見制度の鑑定は、能力判定の資料としての重要性と制度の利用者の立場の双方に配慮したものであって、簡にして要を得たものであることが期待されています。
[図]最高裁家庭局による鑑定の手引書最高裁家庭局による「鑑定書作成の手引き」の当該部分
記事文中でも述べたように、後見審判に際して精神鑑定を行うべきと定められた主体は、家裁である。では、「鑑定に要する時間や費用をこれまでよりも少ないものにして、手続をより利用しやすくする」というのは、誰が、どう利用しやすくするという意味なのか。少なくとも、ひと一人の財産権を全面的に他人に委ねるかどうかという、非常に重い判断を行う司法サイドが「これは確かに大事な鑑定だが、まあ、手っ取り早くやってくださいね」などと呼びかけるべき問題でないことだけは、確かであろう。