『人をひいたという認識があったかどうか?』
裁判ではこれが大きな争点となったが、千葉地裁の楡井英夫裁判長は、
「職員は車に相当強い衝撃を感じていたと推認できる。しかし、ゴミや木材、動物と認識し、人をひいたと認識していなかったと考えられる」
として、ひき逃げの罪は認めず、無罪判決を言い渡したのだ。
ちなみにこの加害者は、自分の車が死亡事故を起こしたことは認めているため、すでに自動車運転過失致死罪で罰金50万円の有罪判決が確定している。
この判決を伝える新聞記事の中には、次のような一文があった。
『無罪判決を受け、これまで公判の傍聴を続けてきた男性の母親は閉廷後、法廷の外で「息子を返して。その場で助けなさいよ。もう生きる力がない」と泣き崩れた。』(『千葉日報』2017.9.16)
「ひき逃げ」なのに「ひき逃げ」にならない理不尽
下記のグラフを見ても分かる通り、ひき逃げ死亡事故の検挙率はほぼ100%だ。

しかし、ひき逃げ犯が検挙されても、その加害者が「ひき逃げ」の罪で有罪になっているとは限らないのだ。
では、なぜこのようなことが起こるのか?
まず、交通事故で被害者を死傷させた場合、通常は「自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷等、同法5条等)」の罪に問われる。
この罪とは別に、交通事故を起こしたドライバーには、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じる義務があるため、その場ですぐに運転を停止しなければならない(道路交通法72条1項前段)。
被害者が死傷しているのに、そのまま走り去ってしまうと、救護等の義務違反の罪が成立し、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科せられるのだ(同法117条1項2号)。
さらに、事故後は警察に届け出る義務(同法72条1項後段)もあり、これを怠ると報告義務違反の罪が成立し、3月以下の懲役又は5万円以下の罰金が科せられる(同法119条1項10号)。
この「救護義務違反」や「報告義務違反」については、事故を起こした認識があって初めて違反となるため、「轢いたのが人とは思わなかった」という供述がまかり通ってしまうと、その場から走り去ったとしても『故意』がなかったと判断される。そのため、ひき逃げという犯罪が成立しないのだ。
たしかに、大型車の後方で衝突事故が起こった場合などは、ドライバーが本当に事故に気づかず走行を続ける場合もあるだろう。しかし、走行中、車に異常な衝撃を感じたら、たとえそれがゴミだと思っても、人かもしれないのだから、車を停めて確認することがドライバーとしての基本的な義務ではないだろうか。
前出の鈴木さんは現在、名古屋で『逃げ得を許さない会』を立ち上げ、活動を開始している。そして、同じ思いをしている人たちにこう呼びかけている。
「なぜ被害者遺族が多額の出費をしてまで立証しなければならないのか、憤りを感じますが、私たちが行なった轢過実験の映像を多くの方にご覧いただき、もし、同じようなひき逃げ事件で苦しんでいる方の役立つのであれば、どうぞ証拠としてお使いいただければと思います」
ひき逃げは、救えるはずの命を見殺しにする卑劣な行為だ。
まもなく下される名古屋地裁の判決に注目したい。
(取材・文/柳原三佳)