2017.10.28
# 本

燃え殻さんが90年代に「信じていたもの、失っていたもの」

7万部超え特別対談
現代ビジネス編集部

分からなくても、格好いいと信じていた

細田 フリッパーズギターは鳥取の高校生の僕ですら注目してましたからね。1stの『three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった』を聴いて、「これって、ジャンルはなんだろう?」って思ってた。89年ですよ。バンドブーム真っただ中だったから余計そう思った。

一方のUWFは「チケットぴあ独占先行発売」みたいなことをやったり、入場セレモニーにレーザービームを使うとか、今までの興行スタイルとはまったく違うことをやってたし、試合も「ロープに飛ばない」とかいろいろ新しいことを取り入れていたから、時代の最先端を行っている!って錯覚してしまうのもわかる。

燃え殻 UWFは打撃と関節技を主体とした、それまでの新日・全日とは全く違うスタイルのプロレスで、正直よくわからなかったんですよ。その試合の何が面白いのか。でも、圧倒的なカリスマを誇った前田日明が「わからないヤツは見なくていい」という、突き放すようなスタンスを取っていて、この戦いの面白さをなんとか見出そうとする自分が格好いいと思っていたんですよね。

 

細田 ああ、いわゆる「選民思想」ね。UWFファンって、自分も含めてそんな感じだったなあ。

燃え殻 自分にとっては、フリッパーズギターもそういうところがありました。正直、アルバムにはその頃の自分には分かりづらい曲も入っていて、その良さがわからないところもあったんですが、当時の音楽雑誌、聴いていたFMラジオの番組でも、「フリッパーズが分からないヤツはどうしようもないね」みたいな空気が流れていた。

その当時好きだった音楽雑誌、聴いていたFMラジオの番組が、その年の音楽界で起こったニュースや事件を振り返る年末企画で、「今年のニュース一位 フリッパーズギターのアルバム」となるぐらいだった。そんなこと言われたら、何にもハマれない軸のぶれまくってる自分は、もうフリッパーズについていくしかないんですよ。分からないものを「分からない」とは言わないことが、ある意味で心地良かったのかもしれません。

細田 なるほどね。燃え殻はUWF武道館大会も会場で観に行ったんでしょ?

燃え殻 はい。確か「前田日明のオールナイトニッポン」のリスナープレゼントで、観戦チケットが当たったんですよ。オールナイトじゃなかったとしてもニッポン放送の番組だったことは間違いないです。

細田 確か「前田日明のオールナイトニッポン」って89年の3月に特番でやったんだよね。もちろん僕も聴いた。テープにも録音した(笑)。UWF武道館大会って何回かやってんだけど、おそらく89年は1月大会しかやってないから、90年1月大会かな?

大雪の武道館。高田が前田に裏アキレス腱固めで勝つ試合で、週プロの増刊のタイトルが「武道館冬景色」だったかな……? とはいえ、これも当時はその面白さが分からなかったんじゃない? 試合途中で前田のコンタクトレンズがずれて、一回中断するんだよね。

燃え殻 そうそう!裏アキレス腱!で、コンタクト探す……って、それを理解しろというのは、そりゃあご無体な話じゃないですか。

細田 あの「前田前田前田前田前田!」「高田高田高田高田高田!」というUWFファン特有の客の掛け声も、今考えたら謎なんだよねえ。一体なんの意味があったんだと(笑)。

燃え殻 でも、僕も武道館の客席から念仏のように叫んでいましたよ。「前田前田前田前田前田!」って(笑)。僕は当然プロレスも好きだったんですが、当時、全日本プロレスでは天龍と鶴田のバッチバチのバトルがあって、新日本プロレスは東京ドームでビッグマッチを組んで…と、両団体とも盛り上がりを見せていた。

本当は「やっぱり新日、全日は面白いなぁ」と言いたいんだけど、前田が「お前、そっちに戻るのかよ……」と悲しんでいるような気がして、だから心の迷いを振り切るようにして「前田前田前田前田前田!」って叫んでいたんです。

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