2017.10.28
# 本

燃え殻さんが90年代に「信じていたもの、失っていたもの」

7万部超え特別対談
現代ビジネス編集部

UWFと、フリッパーズギターと

燃え殻 僕の中で、90年代初期のサブカルチャーを代表するものっていうのが、UWFとフリッパーズギターなんですよ。

細田 そうだよね。当時を知らない人からすれば笑うかもしれないけれど。

燃え殻 1988年に、J-WAVEが開局するんですよ。それで、たしかその直後ぐらいに「カードラジオ」が発売されるんですよ。見たことありますか?

言ってしまえば携帯型ラジオなんですが。値段は2000円ぐらいで、ひとつにつき一局だけ聴けるという「優れもの」で。まあ本当にアナログなんですけど、当時はiPodを手に入れたぐらい嬉しかったんですよ。

それで、授業中にカードラジオ(カット)を聴くんです、イヤホンを袖に通してこっそりと。そうしたら、そのカードラジオからフリッパーズギターが流れてきて、そこで初めてフリッパーズを聴くんです。これが、たまらなくよかったんです。

当時、学校で自分以外にもう一人しか知らなかったというのも、運動も勉強も突出して出来なかった自分のネジ曲がった自意識を満足させるにはちょうどよかったんです。

それで、これはちょっと時期が前後するんですけど、1989年3月に、長渕剛さんが『昭和』というアルバムを出すんですよ。

細田 あったねえ。元号が平成になってすぐに出たアルバムでしょ。なんか無駄に暗いジャケットでねえ。

 

燃え殻 軸のない自分はその時に「長渕もカッコいい!」と感化されるんです。ちょうど高校の同級生が長渕のファンクラブに入っていて、「『昭和』のライブに行くけど、行く?」って、誘われて。それで、横浜アリーナのライブに行くんです。これが初めてのライブ体験。

結構楽しみにしていて、予習をしておこうと思うんだけど、お金がない。あの頃は「U&I」(当時人気のあったレンタルショップ)とかでCDをレンタルしようにも、一枚借りるのに1000円近くかかりましたから。とにかく代表的な曲だけちゃんと覚えておこうと、初期のアルバムを借りたんですよ。それでライブに臨んだんだけど…全っ然知ってる曲を歌ってくれないんです(笑)。

ただ、ファンクラブで取った席だから、前から5列目ぐらいのとてもいい席なんですよ。そのいい席でずっと知らない曲を聴いていたら、突然長渕さんが観客席に水をぶっかけ始めたんです! バケツに水を入れてもうそこここにまき散らす。

細田 ぶははは。

燃え殻 さらに、そのあと今度は客席に向かってハーモニカか何かを投げたんです。それも全力で! 友達は大喜びしていたんですけど、僕はなんか気持ちが折れてしまって…。これから平成が始まるっていうのに、俺、平成に馴染めるのかな…って妙な不安に襲われたんです。

そんななかで、世の中どころかクラスの数にも入っていない自分の唯一の希望が、フリッパーズギターとUWFだったんです。

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