85歳の曽野綾子さんが90歳の夫を在宅介護し、看取ってわかったこと

夫婦とは、こうして終わるのか
曽野 綾子

何しろ60年以上昔から、私はずっとものを書いてきましたから、本来は書いているほうが楽なはずなんです。物書きというのは一輪車に乗っているようなもので、漕ぎ続けないといけないんですね。だから私は、夫が死んだ日も書いていましたよ。夫の死について書いたのではなくて、翌々日締め切りの原稿を淡々と書いていたんです。

夫の形見で、子猫を買った

夫が亡くなって4ヵ月ほど経ったころ、彼の書棚を整理していたら、折りたたまれた1万円札が12枚出てきました。急に物入りになったときのための、へそくりだったのでしょう。いい加減な人ですから、おカネを置いていたことを忘れていたんでしょうね。

 

最初はこの12万円で、お世話になった方を招いて美味しい中華でも食べようか、なんて考えていました。でもちょうどその日、ホームセンターで一匹の子猫と出会ったんです。スコティッシュフォールドという種類で、一応血統書付きだそうですが、雑種みたいな普通の茶色い猫です。

へそくりで子猫を買ったなんて知ったら、夫は怒ってみせるでしょうけれど、私は案外いい使い途だったんじゃないかと思っています。日本風の名前がいいと思って、「直助」と名付けました。

写真はイメージです(Photo by iStock)

〈思い出はすべて過去に向いている。しかし家族を見送った後は、残された者はどんな思いを胸に抱いていても、前に歩き出さねばならないのである。それは自由な選択の結果でもなく、義務でもなく、なにか地球の物理的な力学のような感じだ。

家族の誰かが旅立って行く時、残される者はしっかり立って見送らねばならないのだろう。その任務をこんな小さな直助でも助けていたのである〉(『夫の後始末』より)

夫婦は、違っていて当然

私たち夫婦は、60年以上一緒に暮らしてきましたが、趣味も好みも全然違っていました。私が旅行に出かけるときも、夫は「僕は行かない」と言うんですよ。

夫から見ればどうでもいいようなことに、いちいち大げさに反応する私を見て、彼は「バカな女房だ」と、猿でも眺めるみたいに面白がっていたものです。そんなふうに長年過ごしてきましたから、私は、「夫婦は、違っていていっこうに構わない」と思うんです。

ひとつだけ一致していたのは、「食べるのが好き」ということ。夫婦が二人とも食べることに興味がないと、うまくやっていくのは難しいかもしれませんね。

もっとも、私も夫も、グルメというわけではありません。料亭で出されるような上品な日本料理は苦手でした。

昔、(作家の)遠藤周作さんと料亭に招かれたとき、夫が帰りに玄関で靴ひもを結びながら、

「おい遠藤、ラーメン食って帰ろうや」

と大声で店の人に聞こえるように言うんですね(笑)。遠藤さんは「バカ、外に出てから言え」とたしなめていましたけれど。

庭の畑で育てた不格好なほうれん草でも、美味しければ喜んでいました。夫はいつも、「とれたての野菜は美味しいなあ」と言っていました。