85歳の曽野綾子さんが90歳の夫を在宅介護し、看取ってわかったこと

夫婦とは、こうして終わるのか
曽野 綾子

「延命治療は受けない」という了解

夫は「長生きさせなくていいよ」とかねがね言っていました。

私は昔、先ごろ亡くなられた(聖路加国際病院名誉院長の)日野原重明先生から、「終末期にやってはいけない治療」を教わっていました。点滴、胃瘻、気管切開による延命です。

老人がいつまでも点滴で生きられるものではありません。また、気管切開をすると、最期に肉親と会話をする貴重な機会を奪われてしまいます。

 

はっきりと話し合ったわけではありませんでしたが、私と夫の間には「延命治療はしない」という了解があり、他の家族もそれを知っていました。病院で、「最期にどんな治療を希望されますか」と看護師の方に聞かれたときも、息子は「全部拒否しといたよ」と言っていました。輸液は最低限の量だけで、肺炎の治療薬も投与していません。

亡くなる5日ほど前でしたか、看護師の方に、棺に入るときに着る服を用意するように、それとなく言われました。夫は背広が何より嫌いな人でしたから、いつも着ていたベージュのセーターを用意しました。最期も、お気に入りの服を着ているほうがいいと思ったのです。

80歳、90歳になったら、人は自分がどんな服でお棺に入るか決めておくべきでしょう。私自身は、自分が死ぬときに着る服を、もう20年前から準備しています。白い長い南方の服なので、もう黄ばんでいるかもしれませんが、どうせ死んだら見えないのだから構いません。

写真はイメージです(Photo by iStock)

世間の常識に反しても

通夜もお葬式も、慌てることはありませんでした。朱門の両親を自宅で看取った経験もありましたし、うちはカトリックですから、家で簡素なミサを立てて、家族と本当にお世話になった方が数人だけ来てくだされば、それでよかったんです。

サラリーマンとして働いている人や、組織の中で地位のある方は、お葬式に人を呼ばないわけにもいかないかもしれませんね。ただ幸いにも、夫は3年前に日本芸術院長を退任していましたから、簡素な葬儀でよかったのです。世間の常識に反しても彼と私の好みに従えばいいと決めていました。

夫が入ったお墓は、20年ほど前に夫の両親が亡くなったときに建てました。これも簡単な石碑にラテン語で「神に感謝いたします。私たちの罪をお許しください」と書いてあるだけのものです。

うちのお墓は一族全員が入れるようになっているので、夫の両親と、私の母親も一緒に入っています。いっぱいになったら、古いお骨から地面に返していく。いい仕組みだと思いませんか?

夫の死後、知人から「生活は変わりましたか」とよく尋ねられます。でも、私としては、夫が生きていたころとできるだけ変わらない生活を送るのがいいように思っています。

ただ、夫の介護をしていた2年弱の間、私はほとんど家に閉じこもっていました。自分でも気づかないうちに、介護の疲れが日々溜まっていたのでしょう。最近は微熱が取れません。暇があると横になって、テレビを付けてぼうっと『ナショナル・ジオグラフィック』なんかを見ているんです。