ノンフィクション作家の石井光太さんが、「ワケあり」の母親たちを密着取材していく本連載。彼女たちが「我が子を育てられない」事情とは?
* 石井光太さん記事バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/kotaishi
親がいくら「子供を愛している」と言っても、子供が心でそれを感じ取るかどうかは別の話である。
親の愛情が足りなければ、子供たちが愛情に枯渇するようになり、それがゆがんだきょうだい関係を生み出すケースもある。
今回紹介する女性がまさにそうだ。彼女は成人した後、わが子を刃物で切り付け、次のように言い放った。
「子供なんてうるさいだけ。ギャアギャア騒ぐだけ騒いで、私が大切にしているものを奪うなら要らない」
何が彼女をそうした行動に駆り立てたのだろうか。
その女性の名前を、横川美千(仮名)といった。
きょうだいは、年子の兄がいた。母親は未婚のまま20歳で兄を産み、21歳で美千を産んだのである。
母親は10代の頃から風俗の仕事をしていた。おそらく父親が誰かわからなかったのだろう。兄にも美千にも、父親について一切語らなかった。子供たちがその話題に触れようとすると、「そんなこと知ったってしょうがないでしょ!」と激昂して会話を遮ってしまうのだ。
2DKのアパートに3人で暮らしていたが、家にはしょっちゅう見知らぬ男が出入りしていた。母親が夜の街で出会った男を連れ込んできたのである。
男が来ている時、美千と兄は台所にバスタオルを敷いて寝ていろと言われた。布団は母親と男が使用するのだ。台所と部屋を隔てるドアの向こうからは、母親と男の淫らな声が長い時間響いていた。当初、美千は「お母さんがいじめられている」と思っていたという。
母親は風俗の仕事でそれなりに稼ぎがあったのだろう、アパートでの暮らしを貧しいと思ったことはなかった。ただ母親は毎日朝から晩まで出かけて帰ってこなかったし、たまに顔を合わせても見知らぬ男を連れ込んできていた。美千は母親ともっと一緒にいたい、甘えたいという気持ちはあったが、それが叶うことはなかった。
寂しさを埋める相手は、いつも兄だった。学校へ行くのも、寝るのも、風呂に入るのも一緒だった。
だが、兄が小学6年、美千が五年になった時、きょうだいの関係に異変が起きた。一緒に寝ていた兄が美千の体をまさぐってくるようになったのである。兄は兄で家庭の歪みを一身に受けたことで、心に大きな傷を負っていたのかもしれない。それが思春期になって誤った性衝動として出てしまったのだろう。
兄の行為はどんどんエスカレートしていき、母親が帰ってこない晩は毎日のように体を弄ばれた。美千は兄のことを慕っていたし、兄が自分より苦しい思いをしていたのを知っていたから、拒否することができなかった。
とはいえ、行為自体は苦痛でしかなかった。美千は言うに言えない状況を苦に摂食障害を起こすようになった。また、自傷行為をしたり、意識を失って倒れたりしたこともあった。兄からの性的虐待を受け入れた代償として、美千の精神はどんどん蝕まれていったのだろう。