「完璧なママ」が「虐待ママ」に変身するまで

育てられない母親たち⑥
石井 光太 プロフィール

ところが、ことの真相は突然明らかになる。その日も赤ん坊は激しく嘔吐して意識がもうろうとしていた。桂里奈も丸2日寝ずの看病をしていた。日が明けると同時に、大志は会社に連絡して休みを取り、疲れているはずの妻を休ませ、自分で赤ん坊をいつもとは違う総合病院へ連れて行った。すると、小児科医から次のように言われたのである。

「何か、薬品のようなものを誤飲しませんでしたか」

風邪の症状ではない上に、衣服についていた吐しゃ物に気になる点があるという。それで詳しく調べてみたところ、赤ん坊が洗剤らしきものを飲んでいたことがわかったのだ。

 

赤ん坊は胃洗浄を行った上で入院させられることになった。

大志はこれまで赤ん坊が何度も同じ症状に陥ったことを思い出し、ある疑念を抱いた。事故ではなく、桂里奈が洗剤を飲ませたのではないか。それには根拠があった。彼は語る。

「うちの子は同じような症状に月に数回はなっていました。もし洗剤の誤飲だったとしたら、娘が自分でやるわけがない。洗剤は絶対に子供の手には届かないところにあったからです。だとしたら誰かがやったことになる。娘の傍に24時間いたのが妻だったことを考えれば、思い浮かぶのは彼女しかいませんでした。

そう考えれば、怪我のこともつながってきます。転んだと言っても、頭を縫うぐらいの怪我を何度もするわけがない。だとしたら、怪我についても彼女がやったんじゃないか。そう思ったんです」

家に帰った大志は、桂里奈を呼んで真意を問いただした。当初、彼女は否定していたが、強い口調で問い詰めたところ、泣きながら言った。

「私がやりました。ごめんなさい」

一体なんでそんなことを。大志が理由を聞いても彼女は泣くだけで答えようとしなかった。

犬の怪我が治っちゃうのが嫌だった

後日、大志は桂里奈の実家へ行き、この件について打ち明けた。これは明らかに赤ん坊への虐待であり、理由がわからないままでは結婚生活はつづけられないと話したのだ。すると、母親は何かを察したように言った。

「すみません。あの子は学生時代も同じ問題を起こしたことがあるんです」

母親によれば、長男が知的障害を持っており、両親は常にそっちにかかりきりだったという。それで桂里奈は寂しい思いをしたのだろう、どうにか振り向いてもらおうと我がままを言ったり、ものすごくいい子を演じたりするようになった。

小学6年生の時にこんなことがあった。飼っていた犬が足の骨を折ったのである。桂里奈は誰よりも熱心に世話をしてくれた。家族は彼女のことを「本当にいい子」だとほめた。だが、一向に犬の足は治らない。それどころか病院へつれて行く度にひどくなっていく。

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真相がわかったのは少ししてからだった。犬が桂里奈のことを極度に怖がるようになったことから、父親が訝しく思い、隠れて監視していたところ、彼女が犬の足をねじるところを見つけたのだ。父親に咎められた桂里奈はこう言ったという。

「犬の世話をしてるとほめられてうれしかった。犬の怪我が治っちゃうのが嫌だった」

おそらく桂里奈が赤ん坊に洗剤を飲ませたり、転んだと見せかけて怪我をさせたりしたのも、同じような理由からだったのだろう。夫に献身的な母親であると思ってもらいたかったのではないか。