「完璧なママ」が「虐待ママ」に変身するまで

育てられない母親たち⑥
石井 光太 プロフィール

ほころびが生じ始める

結婚1年して、2人の間には待望の赤ん坊が誕生することになった。かわいらしく元気な女の子だった。桂里奈は育児の本を何冊も買って熱心に子育てをはじめた。彼女の律義な性格なら、きっと子育てもうまくやってくれるだろうという気持ちが大志にはあった。

だが、生後、4、5ヵ月経った頃から、桂里奈の様子が少しずつ変わるようになる。きっかけは赤ん坊の湿疹だった。全身の肌が赤くガサガサになってかゆがって眠らないのだ。桂里奈はなんとかしようと病院へ連れて行ったり、様々な薬を塗ったりしたが、なかなか良くならない。

 

次第に彼女は赤ん坊のことでいっぱいいっぱいになり、家事に手が回らないようになっていった。これまで完璧にこなしていた家事にほころびが生まれはじめる。彼女にはそんな状況が許せなかったようだ。だんだんといら立ちをつのらせ、大志が帰宅すると、待っていたように不平不満をぶちまけるようになった。

最初は姑に対するそれだった。赤ん坊が泣く度に姑から「うるさい」と怒鳴られる、嫌がらせで自転車や植木鉢をひっくり返された、しゃべりかけてもふり向いてくれない……。そうしたこと2時間も3時間も泣いたり、怒ったりしながら言うのだ。

大志は母に注意したが、彼女は首をかしげて「何のこと?」と言うばかり。大志も、桂里奈が疲れているのだろうと深く介入しなかった。桂里奈はそんな大志にまで悪態をつくようになった。

「あなたはマザコンよ。ぜんぜん家庭のことを見てくれない」

大志は完璧主義が壊れたことで不安なのだろうと思ったが、すぐに慣れるにちがいないと聞き流していた。

病弱なのかと思いきや

桂里奈が不平を漏らさなくなったのは、産後1年近く経ってからだ。赤ん坊の看病にかかりきりになったのである。

赤ん坊は生後半年ほどは免疫力がつよいが、それ以降は体調を崩しやすくなる。桂里奈の赤ん坊も生後1年近く経って39度の高熱を出したのをきっかけに、急に病院にかかることが増えた。

熱が引いたと思ったら激しい下痢に襲われ、下痢が治ったと思ったら歩行練習の際に転んで怪我をする。病院で縫うほどの怪我も珍しくなかった。

赤ん坊は常にどこかを痛めて病院へ通っているような状態がつづいた。桂里奈はそんな我が子に対する看病を献身的に行った。2日連続で眠らないのは当たり前。時には彼女自身が倒れて栄養剤の点滴を打つこともあった。

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大志は語る。

「最初は発疹のこともあったので病弱なのかなと思っていたんです。ただ、あまりに症状がひどかった。喉から血が出るまで吐いたり、転ぶにしても流血する事態にまでなったりする。

子供の体になにか悪い要因がなければここまでならないんじゃないか。これ以上続いたら、必死に世話をしている妻の方がおかしくなってしまうんじゃないか。そんな不安があって2つの病院で検査をしてもらいました。でも、検査の結果は、子供自身には何も問題はないということでした」

問題ないのなら、なんで赤ん坊は常に病院にかかっているのか。大志は晴れない思いを抱いていたが、医者に「問題なし」と言われれば、どうすることもできなかった。