白人至上主義者の暴動事件を、米メディアが報じ続けるその背景

シャーロッツビル事件の本質は何処へ…
寺田 悠馬 プロフィール

こうした、あるいは宗教的なアウラを纏ってしまう芸術作品と、ファシズムとの不吉な親和性について、第二次世界対戦下のヨーロッパに生きたベンヤミンは書いている。ファシズムは、現実社会の不確実性に対する我々の不安に付け入り、その複雑性をごく単一的な説話に還元することで、我々を誘惑する。

神々しいアウラを纏った芸術作品のように、圧倒的な没入感をもたらすファシズムは、いつしか我々を、身の回りに氾濫する暴力に対して無神経にしてしまう。「ファシズムにとって合理的な結論は、政治的領域に美学を導入すること」だと、ベンヤミンは指摘するのだ。

 

時のファシズムによって排除される対象、すなわちユダヤ系ドイツ人であったベンヤミンは、アウラの問題について書いた5年後、アメリカへの亡命を試みるが、途中、フランスとスペインの国境で自殺に追い込まれている。それから80年が経とうとする2017年現在、ベンヤミンが亡命の地として目指したアメリカでは、たいまつを掲げた男たちが、ナチス党のスローガンを連呼して、夜道を練り歩いている。

この圧倒的な暴力は、芸術作品が纏うアウラに訴求する大統領によって、一体の銅像の背後に隠蔽されている。そして、従順な優等生の身振りで大統領の問いに回答し、銅像の「意味」を論じるメディアは、無自覚のうちに、この隠蔽工作に加担しているのだ。

〔PHOTO〕gettyimages

リー将軍の銅像を撤去する理由があるとすれば、それは銅像が纏うアウラが邪魔で、我々の目に、社会的現実が見えなくなっているからだ。暴力の隠れ蓑として機能するなら、芸術作品など無くなってしまえば良い。同様に、芸術作品のアウラを増長させる役割を担うなら、メディアなど無くなってしまえば良い。

政治が、社会的現実を単一的な説話に還元しようとする時、我々は、あたりに充満するアウラを払拭して、本来の複雑性を露わにしなければならない。ごく無自覚のうちに政治に加担する、無神経な身振りとは一切無縁なメディアとともに、現実の不確実性と戯れ続けることを、我々は選択したいのだ。
 

(参考文献)
・Badger, Emily, Kathleen A. Flynn and Samuel Jacoby. “Which Statues Need to Come Down? You Decide,” The New York Times. August 29, 2017.
・Beauchamp, Zack. “What Trump Gets Wrong About Confederate Statues, in One Chart,” Vox. August 15, 2017.
・Benjamin, Walter. “The Work of Art in the Age of Mechanical Reproduction,” in Illuminations. Schoken Books, New York, 1969.
・Christian, Jack and Warren Christian. “The Monuments Must Go,” Slate. August 16, 2017.
・Editorial Board, The. “Mr. Trump Makes a Spectacle of Himself,” The New York Times. August 15, 2017.
・Meacham, Jon. “Why Lee Should Go, and Washington Should Stay,” The New York Times. August 21, 2017.
・“The Statue Asks,” Yomiuri Shimbun. September 10, 2017.

寺田悠馬 (てらだ・ゆうま)
1982年東京生まれ。株式会社CTB代表取締役。ゴールドマン・サックス証券株式会社、国外ヘッジファンド、株式会社コルク取締役副社長を経て現職。コロンビア大学卒。著書に『東京ユートピア 日本人の孤独な楽園』(2012年)がある。Twitter: @yumaterada
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