「ひよっこ」戦争体験者の心情の描き方がゾッとするほどリアルだった

あの感動をもう一度③
堀井 憲一郎 プロフィール

全員、強烈な戦争体験を抱えていた

愛子さんの話は、戦争の哀しさをしっかり伝えていた。

このドラマの舞台は1964年から1968年で(特に1966年と1967年が丁寧に描かれていた)、日本が大負けに負けた世界大戦が終わってまだ20年少ししか経っていない。戦争にいった人たちがまだ40歳台だった時代だ。

その世代のすべての日本人は、全員、強烈な戦争体験を抱えていた。みんながみんな持っていた。

だからあまり話題にならなかった。言っても詮無いからだ。自分も歳をとって、そのへんの機微がわかった。だからこそ、日常生活のなかで、突然、戦争の話が断片的に語られた。いつもそうだった。

当時小学生だった私たち世代は、その唐突さと、話の深さに打ちのめされ、いつもきちんと聞いてなかった。そもそも、話しているほうも、戦争体験してない世代に対して話しても無駄だとおもってる気配が強かった。

この、いきなり戦争の話が始まるシーン、というのが、とてもリアルに1960年代らしい、昭和の風景なのだ。このドラマの奇跡的な素晴らしさのひとつだった。

私の戦争は終わってないわ」

ほかにも戦争の話がいくつかあった。

72話。〔6/24〕

鈴子さんのお話。彼女は、息子を戦争にやった世代である。つまり明治生まれの女性だ。

戦争で、たくさんのものなくした、みんな。で、そこから頑張ってみんな、がむしゃらになくしたもの取り返すために、頑張って、頑張って、無理して……そこでまた、いろんなものをなくした

豊かにはなったけどね、お陰様で食うには困らなくなったし、食べるもんもなかったころに比べたら…でもぉ……何が、残ったんだろう

…もはや、戦後ではないなんて、ずいぶん前に偉いさんが言ってたけど、冗談じゃない……戦後どころか、私の戦争は終わってないわ……もう元には戻らない。まだずっーーっと、借金払ってるような、気分

まだずっと借金払ってるような気分、というセリフが、この世代の気分をリアルに表しているようにおもう。

 

軍隊で一番悲しかったこと

シェフ省吾さんも少し戦争の話をした。〔65話。6/16〕

レストランの厨房でも、場所によってはすごく暴力が振るわれてたという話のあと。

「…軍隊もそうだった…何やってもダメで、いつも怒鳴られて、殴られてばっかりいるやつがいた、それ見てるんのがつらくてなあ。かばったらこんどはおれが殴られる……何なんだろうこれは、っておもってた」

母鈴子さん「初めて聞くねえ、その話。あんた軍隊の話は、全然、しなかった」

「忘れたかったからねえ……でもなあ、一番悲しかったのは、その、やられてたやつが、自分より下が入ってきたら一番厳しくて、自分がやられたように、下のやつ殴ったりしてたことだ。いやなもん見てるなあっておもった。見たくないなあって、おもった。……でもなあ、人間は、やられっぱなしじゃ、生きていられないんだよ。そういうもんだっておれはおもうんだ。無理もないとこもあるんだ。だから余計に悲しいし、いやなんだよ。………戦争終わって、あー、もうこういうの見なくていいんだ……っておもって、……それが嬉しかった」

元治が(ヒデの先輩シェフ)この話を聞いてるときだけは、とてもとても哀しい顔をしていた。何もコメントしなかったけど、でも哀しい顔をしていた。彼が、このドラマの中でもっとも真面目な顔をしていた瞬間だとおもう。