19歳で懲役2年6ヵ月、執行猶予5年!波乱万丈すぎる男の生き様

第20回ゲスト:安部譲二さん(後編)
島地 勝彦 プロフィール

ヤクザとして生きることをやめて…

日野: ぶっ飛びエピソードが多くて驚いてますが、ハタチを少し過ぎたくらいじゃ、まだまだ血気盛んなはずです。もしや、日本航空時代にも派手にやらかしたんでしょうか?

安部: けっこう真面目に勤務してたんだよ。でも、人間の性根は急には変わらないんだね。同僚のオンナを寝取ったこともあるし、態度の横柄な支店長をぶん殴ったこともある。今はやさしいおじいちゃんだけど、あの頃は頭に血が上ると抑えがきかなかったんだねえ。

島地: ひょっとして、乗客にも?

安部: あんまり大きな声じゃ言えないけどさ、無体なことをいう乗客を投げ飛ばしたことはあるよ。で、それがきっかけで前科持ち、しかも執行猶予中のヤクザだということがバレて、クビになっちゃったわけ。

島地: その後の経歴はぼくも少し把握してますよ。確か安藤組が解散してから他のヤクザにヘッドハンティングされて、構成員でありながら、ライブハウスやレストラン経営、競馬の予想屋、いろんな職を転々としてますね。

日野: 武勇伝的なところでは、ボリビアやベトナムでの、命からがらの脱出劇は拝読しております。

島地: 本気で作家になろうと思ったのは、いつ頃、何がきっかけだったんですか?

安部: 40歳を過ぎてからですね。いろいろあって、ヤクザを辞めざるを得ない状況になった頃、警視庁の刑事から、「30年、看板持ちのヤクザやって親分になれなかったのは、お前を含めて5人しかいない」といわれてね。その5人とも、博打が下手だったわけじゃないし、根性がなかったわけでもない。人並みの武勇伝はある。でもね、共通点が一つだけあった。

島地: ほう、それは?

安部: 爺さん・婆さんのいる家で育ってるんですよ。

島地日野 ???

 

仮面の下には、人間への愛がある

安部: 小さい頃、爺さん・婆さんから、「人様に迷惑をかけるようなことはするんじゃないよ」と口酸っぱくいわれていて。心では「うるせえ、関係ねえよ」と思っても、爺さん・婆さんの言葉が体のどこかに染みついているんだと思う。それがブレーキになって、最後の最後で甘さが出て、冷酷になりきれなかったんじゃないかな。

島地: なるほどね。いや、ぼくが安部さんから感じる人間のおもしろさっていうのは、まさにそこだと思うんです。最後の部分で育ちの良さが出るところが実に人間臭い。安部さんが書く小説も、奥底には人間に対する愛情が感じられるんですよ。

安部: でも、40を過ぎて作家になろうと思っても、国内で前科14犯、海外で前科3犯の元ヤクザもんの書くものなんて、まともに相手にしてもらえなかったですよ。ほとんど腐りかけていたところで、文藝春秋の田中健五さんが手を差し伸べてくれて、『塀の中の懲りない面々』が出版できたんです。

島地: 田中さんはぼくも知ってるけど、安部さんの中にある「人間に対する愛情」に気づいたんだと思います。わかるか、日野。編集者というのは、作家本人さえ気づいてないような、心のヒダの奥の奥まで知らなくちゃいけないんだ。勉強になっただろう。

日野: はあ。確かに安部さんと田中さんの関係は、一つの理想ですね。

島地: というわけで、早く次の単行本の企画を通せ。

安部: そうだぞ。日頃お世話になってる島地さんのためにひと肌脱ぐのが舎弟の務めだろう。生半可なことしたら、この安部譲二がただじゃおかないぜ。

日野: りょりょりょ、了解しました!

〈了〉

(構成:小野塚久男/写真:峯竜也)
〔撮影協力〕Bar Rouge

安部譲二(あべ・じょうじ)
1937年東京生まれ。麻布中学校、慶應義塾高校とエリートコースを進むも、16歳で暴力団構成員に。22歳で定時制高校卒業後、日本航空の客室乗務員、キックボクシングの解説者などの職を転々とする。40代半ばでヤクザの世界から完全に足を洗い、作家・タレントとして活躍。現在は妻と猫に囲まれた平和な余生を過ごしている。自らの服役経験を基にした自伝的小説『塀の中の懲りない面々』をはじめ『俺達は天使じゃない』など著書多数。三島由紀夫が書いた『複雑な彼』のモデルとしても知られる。
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