大人の遊びを知り尽くした伝説の編集者・島地勝彦が、ゲストとともに“男の遊び”について語り合う「遊戯三昧」。今回は、40代半ばでヤクザの世界から足を洗い、作家として「第2の人生」を送ってこられた安部譲二さんをお迎えし、波乱万丈な男の生き様を語っていただいた――。
前編【腸閉塞と大腸ガンを患って余命宣告】
島地: ところで、当時でいえば良家の坊ちゃんで、名門麻布に進んだ安部青年が、どうしてヤクザと関りを持つようになったんでしょう。
安部: それはねえ、ひと言でいうと、「安藤昇がかっこよかった」。そこに尽きるね。他にはとくに理由はない。
島地: 男が男にホレた。実はね、安部さん、この日野もシマジにホレて、もういいっていってるのに、毎日のように会いに来るんですよ。同じようなものですね。
日野: えーと、どうでもいいことですぐに呼び出すのは誰でしょうか……。
島地: まあ、そう照れるな。話を戻すと、あの頃の安藤組は若者から支持されていたようですね。背広の着用を推奨して、ヤクザの代名詞でもあった刺青、指詰めを御法度にしたりして、構成員のなかには大学生や高校生も珍しくなかったとか。
安部: うん、中学生は珍しかったけどね。
日野: でも、傷害事件を起こして高飛びしていたというのは、どこへ行かれたんですか?
安部: イギリスの全寮制の学校に入れられたんだけど、イタリアからの女子留学生がかわいくってさあ、寮で秘め事に興じているところを舎監に見つかって、あえなく退寮。
島地: さすが、乱歩も認めたエロ小説家だけのことはありますね。ロバート・ミッチャムと殴り合ったというのもその頃ですか?
日野: ロバート・ミッチャムって、あの……。
安部: そう、アメリカの俳優のね。オランダで売春婦をめぐって殴り合いのケンカになって、どっかで見たことある顔だと思ったら、ロバート・ミッチャムだったんだ。
島地: 彼はクールなタフ・ガイのイメージで売ってたから、日本の若造が相手じゃびっくりしたでしょう。しかし、安部さんのエピソードは破天荒すぎます。