「40歳を超えたら転職はほとんどムリ」は、もはや非常識だ

中年がニッポン企業を救う時代が来た!
田邉 裕也 プロフィール

転職成功のカギは「ポータブルスキル」

今回220倍の難関をくぐり抜けた10人、その半数は意外にも医薬品と無縁の人たちであった。家電業界やIT業界、ホテル業界と、実に多様性に富んでいた。違った視点や価値観を取れ入れたいという狙いももちろんあっただろうが、よくよく話を聞いていくと、そこには明確な理由があった。

森下仁丹が採用の過程で見ていたのは「ポータブルスキル」。業界や職種の垣根を超えても通用する、汎用性の高いスキルだった。

大手家電メーカーから転身したMさん(52)は、東欧や南米、アジア市場のスタートアップを手がけてきた。海外でゼロから販売網を築いてきた経験は、医薬品の分野にも応用できると期待された。また、ホテル業界から転身した女性は、スタッフの育成経験が人事に応用できると見られた。

また、番組で密着したIT業界出身の志賀健さん(48)は、入社初日から奇抜なアイデアを連発し、同僚から「宇宙人」と評されていたが、実を言うと人事は、彼の別のスキルを見抜いていた。採用を担当した磯部美季さんはこう明かしてくれた。

「わかりにくいですよね、デジタルの世界って。志賀さんはそのへんの知識に長けていると思うんだけど、ちゃんとわからない人の視点にも下りて、わかりやすく通訳して、その上で『それやろう!』っていうことができる人だと思ったんです。わかりやすく説明する能力が非常に高い」

つまり、専門知識そのものではなく、それを社員に浸透させられるスキルを評価されたのである。

ミドル世代の転職支援を行う黒田真行氏によれば、長く一つの会社に勤めていると、その会社での役割が能力のすべてであるかのように感じてしまい、一面的な専門性にとらわれる傾向にあるという。結果的に、同業同職種の転職にこだわり、選択肢を狭めてしまう。

しかし、長い職業人生においては、専門性だけではなく、「人との関わり方(利害交渉力など)」や「仕事の進め方(推進力など)」もスキルとして蓄積されていく。雇用が流動化する時代においては、こうした汎用的なスキルをいかに多く持っているかがカギとなるのである。

 

社会に爪痕を残す働き方

「人生100年、二毛作時代」が根づきはじめている。会社の寿命よりも職業人生のほうが長くなることさえ、当たり前になるかもしれない。

私たちはこれからどういった働き方をしていけばいいのだろうか。一つ重要になってくるのは、「会社を軸」とする働き方ではなく、「自分を軸」とする働き方である。

転職における年齢の壁がなくなるということは、裏を返せば、実力主義革命が起こるということだ。年齢や肩書、属性は問われない。個になったとき、何ができるのかということが問われてくる。能力があれば何歳でも報酬が入るが、なければ若くても切られてしまう。ある種シビアな社会である。前出の黒田氏は言う。

「能力やスキルは『やりがい』から生まれるもの。人生で何を成し遂げたいのか、主体的にゴールを設定することが大切。ゴールから逆算して、いまの仕事を位置づけていくのです。そうすればやりがいを持ち続けられますし、報酬がついてくる可能性も高まります」

今回取材の過程で、森下仁丹に採用された方々から貴重な話を伺うことができた。彼らに共通していたのは、人生の着地点をイメージし、学び続けようとする姿である。安定を捨ててでも、何かしらの形で社会に爪痕を残したいという覚悟があった。

大手製薬メーカーで商品企画を担当していたIさん(52)は、40代で子会社に出向。親会社の経営方針に左右され、身動きがとれない環境に居心地の悪さを感じるようになった。29年間勤めた会社を辞め、第二の人生をジェネリック医薬品の開発に注ぐことにした。新しい事業の柱をつくろうと邁進している。

バイオ関連の会社で健康食品の研究を行っていたKさん(51)は、事業本部の副部長で、将来役員になれる可能性もあった。しかし40代後半になり、書類にハンコを押すだけの仕事に疑問を持つようになった。「会社の業績を良くするだけではなく、産地が潤って、食べる人も健康になる。三方よしの事業を行いたい」。そうした夢を持って森下仁丹に飛び込んだ。

個人の幸せと社会の幸せをつなげる働き方こそが、これからの日本社会を豊かに生きる答えなのではないだろうか。