5問でわかる「ロヒンギャ問題とは何か?」スーチー氏が直面する壁

なぜ差別を受けるのか。解決できるのか
根本 敬 プロフィール

問3 スーチー国家顧問はどう対応しているのか?

「大統領より上の立場に立つ」ことを公言して2016年4月に国家顧問に就任したアウンサンスーチーは、現在、国際社会から非難の矢面に立たされている。

1991年に非暴力に基づく民衆化運動の指導が評価されてノーベル平和賞を受賞した彼女であるが、苦節25年を経て国家顧問となって以降、ロヒンギャ問題に関しては発言を控え、今回の大規模難民流出についても9月19日に国内外に向けた英語演説を行うまで自らの姿勢を明示せず、その結果、嵐のような非難を浴びせられた。 

しかし、アウンサンスーチーがロヒンギャ問題に関し何もしてこなかったというのは言い過ぎである。

彼女は国家顧問に就任する前の下院議員時代から、積極的ではなかったにせよ、ロヒンギャ問題についてメディアから問われると、「ロヒンギャ」という名前の使用を避けつつも、問題の存在とその深刻さを認めていた。

そして、2013年4月の来日時に、人権系NGOとの交流会で、ラカイン西北部に住むムスリムについては精査の上、三世代以上にわたって住んでいる人には国籍を与えるべきであり、関連して現行国籍法の差別的な内容ついても再検討する必要があると語っていた。

国家顧問就任後は、2016年8月に彼女の主導で、コフィ・アナン元国連事務総長に委員長になってもらい、第三者によるラカイン問題調査委員会を発足させている。

ここでもロヒンギャという名称は一切使わせなかったが、実質的にロヒンギャ問題に関する調査と解決案の提示を主務とする調査に取り組ませた。同委員会は9人のメンバーで構成され、うち3人はコフィ・アナン氏を含む外国人で、かつメンバーのうち2人はムスリムだった。

ロヒンギャが一人も加わらなかったことが悔やまれるが、国際社会に開かれた形でロヒンギャ問題の解決に向けた提案をおこなうための調査が一年間にわたって実施されたことは大きい前進だったといえる。委員らはラカイン州とバングラデシュの双方を調査し、本年8月24日に次の2つを骨子とする提言を公表した。

(1)ラカイン西北部に住むムスリム(=ロヒンギャ)の移動の自由を認めるべきである。
(2)彼らのなかで世代を超えてこの地に住む者には国籍を付与すべきである。関連してミャンマー国籍法(1982年施行)で国籍を「正規国民」「準国民」「帰化国民」に3分類しているが、一本化に向けた再検討が求められる。

ここでもロヒンギャという名称の使用は避けているが(「その名称を使用しないよう国家顧問からの強い依頼があった」とコフィ・アナン委員長自らが断っている)、この答申はアウンサンスーチーがもともと考えていた解決への道と同じであり、彼女にとって追い風になるはずだった。

しかし、答申が公表された翌日未明、「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)による政府軍襲撃が発生し、軍による住民に対する過剰な封じ込めと難民の流出がはじまって国際社会の注目を浴びると、委員会の答申のニュースは吹っ飛んでしまった。

アウンサンスーチー国家顧問はそれでも、9月19日の演説で難民の早期帰還への積極的取り組むと、この答申の尊重を明言した。

したがって、彼女のロヒンギャ問題への対応は、短期的には難民の安全な帰還実現、中長期的にはコフィ・アナン委員長の提言に沿ってなされることが明らかになった。

ただ、彼女の前には二つの大きな壁が立ちはだかっている。

 

ひとつは憲法上の壁であり、もうひとつは国内世論の壁である。憲法上の壁とは、彼女に軍と警察と国境問題に対する法律上の指揮権が与えられておらず、その3分野は軍がコントロールしているという事実である。

軍政期の2008年につくられた現行憲法では、軍の権限が様々に認められており、シヴィリアン・コントロールが徹底されていない。ロヒンギャ問題はこの3つの分野に直
結するだけに、彼女は非常に動きにくい立場にある。

もうひとつの国内世論の壁は、国民の強い「反ロヒンギャ」感情である。前述のようにリベラル派でさえ、「ベンガル人」と認めない限り国籍は付与してはならないと主張している。

ミャンマーでは国際社会からのアウンサンスーチー非難が強まれば強まるほど、彼女
を守ろうとする意識が作用して国民のアウンサンスーチー支持がますます強まる傾向を見せている。

しかし、それは支持のねじれ現象といえ、アウンサンスーチー国家顧問がロヒンギャ問題を前向きに扱おうとするときにいっそうやっかいな障害となる。

彼女はこのように、「反ロヒンギャ」に立つ軍部と世論によって手足を縛られた格好でこの問題の解決に立ち向かわざるを得ない状況に置かれているのである。