そういう状況下、歌舞伎座での「大歌舞伎」としての『駄右衛門花御所異聞』であり、『再桜偶清水』が登場した。
7月は海老蔵の座頭公演で、9月は「秀山祭大歌舞伎」で中村吉右衛門が座頭と、それぞれひとりの役者が責任を負うかたちの公演、役者の自由裁量がきく大歌舞伎での新作だ。
8月の二作は、歌舞伎座での新作ではあるが、「大歌舞伎」ではなく「納涼歌舞伎」だったので、格下となる。
ところが、10月の、『マハーバーラタ戦記』は、「大歌舞伎」の前に「芸術祭」と付く「芸術祭大歌舞伎」という仰々しい公演、歌舞伎界を代表して芸術祭に参加する公演での新作だ。
それを企画し、主演するのが、尾上菊之助である。
同世代の海老蔵、染五郎が新作に挑んでいるなか、菊之助は一歩遅れていた感じがあったが、ここで大逆転を狙う。
しかしよく考えてみると、歌舞伎座で新作歌舞伎を上演した点では、誰よりも菊之助が先駆けていた。
12年前の2005年7月大歌舞伎での『NINAGAWA十二夜』である。シェイクスピアの『十二夜』を舞台と登場人物を日本に置き換え、蜷川幸雄が演出した。
この2005年は勘三郎襲名の年でもあり、歌舞伎座では3月から5月がその襲名披露興行で、5月には『野田版研辰の討たれ』の再演、8月には串田和美演出の『隅田川続俤』(法界坊)が上演され、その間の月だった。
この年の歌舞伎座は、野田秀樹、蜷川幸雄、串田和美が相次いで演出し、新しい時代が到来した印象だった。
あれから12年が過ぎて、再び菊之助は大勝負に出る。
海老蔵のように、毎年のように新作を作る生き方ではなく、菊之助は10年に一度くらいのサイクルで大作を放つタイプのようだ。
中村吉右衛門の娘と結婚してからの菊之助は、父・菊五郎と同座するだけでなく、岳父・吉右衛門の相手役もつとめるようになり、海老蔵や染五郎が新作に挑んでいる間、古典ばかりをやっている印象だった。
だが、こういうプロジェクトを準備していたのである。
海老蔵や勘三郎は父の後ろ盾がなく、歌舞伎座以外の場で、新しい試みをしていたが、菊之助は父が健在のもとで、歌舞伎座での大掛かりな新作を作る。しかも、インド政府を巻き込んで。
恵まれたポジションにいる者は、それを利用するのが義務でもある。そのポジションを利用して、これからも大作に挑んでほしい。